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本音が聞ける理科準備室

理系ではないけれど

私が通っていた高校には理科室の隣に理科準備室という部屋があって、化学、生物、物理、地学の先生4人がそこにいた。私は数学が苦手で文系コースだったし、生物は履修していたけれど、化学や物理が嫌で仕方なく、という感じで理科に特別興味のある生徒ではなかった。

それとは対照的に私の友人は理系コースで、将来は薬学系の大学に進みたいということで、彼女は化学を履修していて成績も良かった。

そんなある日、その友人から『化学のF先生が面白いから一緒に準備室へ行ってみようよ。』と誘われた。私は正直理科が苦手だし、何の接点も興味もないし、どうしようと渋っていたけれど、『お菓子が食べられるよ。』という簡単な誘惑に負けてしまい、試しに行ってみることにした。

F先生の机とおもてなし

F先生の席は奥の窓側で、他の先生は物も少なくデスク周りもキレイで、『ザ・理路整然』という感じだったけれど、F先生の席だけ本や資料が山積みで、理科に関係のないものも沢山置いてあってカオスになっていた。

その山積みの状態に言葉を失ってびっくりしていたら、先生が音もなくスーッと現れて『まぁ、茶でも飲めや。』と先生からもらったとか、生徒が置いていったとか、色んな人からもらったお菓子をゴソゴソ山積みの荷物の下の方から出してきたり、実験器具の棚からガタゴトと湯呑みを出してきてお茶を淹れてくれた。

他の教科の教員室に行っても、先生が生徒にお茶を淹れてくれることなんてなかったから、学校で、しかも先生がそうやっておもてなしをしてくれることにすごくびっくりした。

最初はその理系の友人が授業とか宿題の質問をしたりしていたけれど、ぼーっと付き添いで見ている私にも先生は気を遣ってくれて、私も次第に先生と世間話をするようになった。

ひょんなことから私がすごく数学とか計算式とかが苦手だということを話すと、もっと呆れられたり、困った空気になるのかなと思ったら、『色々と面倒くさいよな、社会に出て実際あんまり使わないし。まぁ、茶でも飲めや。』と私の湯呑みにまたお茶を注いでくれた。そんな感じで私の感じたことや、若い時にありがちな悩みみたいなこともあまり否定せず、かと言って深刻にもなりすぎず、いつもさらりと聞いてくれた。

秋になると、校庭のイチョウの木から採れた銀杏の実をストーブで焼いて食べたり、先生の実家で採れたサツマイモを焼いて食べたりもした。

面倒くさいと言いつつも

F先生は先生らしからぬ、『授業やるの面倒くさい』とか『疲れた、早く帰りたい』など割と正直に話してくれる雰囲気があって、少し力も抜けているというか、先生っぽくない感じがとても親しみが持てた。

しかし『授業が面倒くさい』と言いつつも、授業の準備で資料を作ったり、実験のための器具と薬品の準備とか、テスト問題を作って採点したり、教員の会議、受け持ちのクラスの進路相談など、いつもとても忙しそうだった。

先生に会いに行くと、今こういうことをやっていてこれが面倒くさい、あれが面倒くさいと色々説明してくれて、見かねた生徒たちが手伝ったりもしていた。その度に先生の机の荷物もどんどん増えて、私たちも一緒に片付けたり、いらないものをもらったりもした。

世間話のついでに悩みや心配事を先生に話すと、ガサゴソと机の奥の方から本が出てきて、『これ面白かったよ、もういらないし、荷物が増えて困るからあげる。』と言って本もよくもらった。
理系の進路に迷った生徒がいると、『動物のお医者さん』や『おたんこナース』など医療系の漫画を貸してあげたりもしていた。

F先生とギター

F先生の机の隣にはなぜかいつもギターが置いてあった。学生時代は音楽にハマっていてほとんど勉強もしなかったらしい。音楽では食べていくのは難しいし、親が教師だったこともあり、とりあえず俺も教師になった、ということを言っていた。

最近は忙しくて全然ギターを弾いていないから、指が硬くなってしまって弾けなくなった、と嘆いていて、今は音楽の好きそうな生徒に弾いてもらっていると言っていた。そのせいもあって、ギター好きな男子生徒もよく遊びに来ていた。

テストの採点をするときはこの赤ペンがいいんだよとか、会議が長いから面倒くさいとか、親が呆けてきて心配だとか、くだらないことから深い人生の話まで、正直に話せる雰囲気があって、色々な生徒がよく来ていた。

意外な一面を垣間見る

F先生の隣にいるK先生は、普段は物静かで真面目そうな先生だった。忙しいためか憂鬱そうな雰囲気を醸し出していた。『そういえばK先生、あんパンと牛乳よく食べてるよね。』と友人が言う。その組み合わせって絶妙に美味しいし、先生もそういうチョイスをするんだと妙な親近感が湧いた。また別の友人が『この間のスキー合宿のとき、K先生から飴をもらったよ、優しいね。』と、次々と情報が集まってくる。その話をF先生にすると、『K先生はスキーで骨折して、入院先の担当の看護師さんが今の奥さんだよ。』と教えてくれた。

友人たちと声を合わせて『えーっ!』とびっくりしてしまったけれど、普段普通に授業を受けるだけでは分からなかったその先生の可愛らしさとか、気遣いとか、意外とちゃっかりもしている部分を知って驚いたし、親しみを持った。

高校卒業後、私は就職し、友人は薬学系の大学に進んだ。卒業後も度々先生に会いに行ったけれど、私たちも忙しくなり、先生も転勤してしまい今はもう会っていない。

サードプレイス的なもの

最近は仕事がうまくいかなくて、悩んだ時って今までどうしていただろうと考えた時、このF先生のことを思い出した。学生の頃の悩みを聞いてくれる先生がいて、そういう話せる場所があったことがとても良かったなと思う。

会社とか家とはまた別の、ちょっと前に流行った『サードプレイス』的な場所っていいなと改めて思う。今思い返してみると、高校時代のその理科準備室って私にとってのサードプレイスみたいなものだったんだなと思った。

カフェとか、居酒屋とか、コワーキングスペースとか、自分の居場所を色々もつライフスタイルとか、ネット上でも色々なコミュニティがあったりする。何も話さずゆっくり過ごしたり、また必要な時には誰かと会話できたり、興味関心のあるものや人同志が集まっていたり、新しい発見ができる場所があったらいいなと思う。

ネット上なのかリアルな場なのかは分からないけれど、いつかはそんな場所を見つけたり、作ったりしてみたいなと思っている。






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