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【超短編小説】渚

 浜にヒラリと到達する白波のドレスが、低い位置で赤く傾く太陽の色になる。波も私のように揺れている。寒さが空から紫と一緒に落ちてくる。それに押し潰されないように、海は遠くの方まで明るかった。

 ここは圏外。誰の喧騒も聞こえないし、誰の顔も見ることはない。私は身勝手にここに来た。白波の赤いドレスのトレーンが、私の素の足先に触れたり、触れなかったりを繰り返す。

 このまま夜を待とう。今日は満月だから。私は黙ったままぼんやりと、刻々と沈む大きな輝きを臨むことを決め、何を考えることもなく静かな今を溜め込んでいく。

 とうとう夕凪が終わり、海の底から大きな満月が生まれた。私は俯いて、また足元の冷たさに目を移す。さすがに寒くなって、ちょっとだけ渚から離れようと立ち上がるために、左手をついた。

 しわくちゃの左手。その薬指の真ん中がキラキラ光る。それは昼間には眩しすぎるけれど、夜には小さな星になる。いつか綺麗な満月の日にもらった純愛の印は、何だか物寂しそうに見えた。

 それはきっと、あなたが私から離れてしまうから。何だかそんな気がした。私がここに来た理由、それはあなたとたった二人だけで、最期の時間を過ごしたかったから。

 でも、それももうお終い。私は、私の小さな星を指からそっと抜いた。
「綺麗な指だったら良かったんでしょうけど、すっかりしわしわね。」
私の隣にずっと置いていた木箱。その中にそっとしまい込む。

「さよなら。」

私はまた逢うためのおまじないをかけて、引いていく波にあなたを預けた。



【あとがき的なやつ】
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