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生物 学習指導要領 (2) 生命現象と物質

―進化から,細胞へ―

 前回の記事(↓)では,「次の課程の教科書から,高校生物が進化・系統から始まるようになる」ということを書きました。これまでは細胞から始まり,進化・系統で終わっていました。この両者は逆転したのではなく,単純に進化・系統が前にきたというものですので,進化・系統の次は細胞を学習することになります。
 話のスケールがかなり違うように見えますが,細胞は細胞で進化の賜物ですから,話は広げようと思えばいくらでも広がります。ただ,ここでは(我慢して)あまり話を広げずに,細胞や代謝を学習したり,学びなおしたりするときのイメージについて考えてみたいと思います。

―生物 学習指導要領 (2) 生命現象と物質―

(2)生命現象と物質
生命現象と物質についての観察,実験などを通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。

ア 生命現象と物質について,次のことを理解するとともに,それらの観察,実験などの技能を身に付けること。

(ア)細胞と分子
㋐ 生体物質と細胞
生体物質と細胞に関する資料に基づいて,細胞を構成する物質を細胞の機能と関連付けて理解すること。
㋑ 生命現象とタンパク質
生命現象とタンパク質に関する観察,実験などを行い,タンパク質の機能を生命現象と関連付けて理解すること。

(イ)代謝
㋐ 呼吸
呼吸に関する資料に基づいて,呼吸をエネルギーの流れと関連付けて理解すること。
㋑ 光合成
光合成に関する資料に基づいて,光合成をエネルギーの流れと関連付けて理解すること。

イ 生命現象と物質について,観察,実験などを通して探究し,生命現象と物質についての特徴を見いだして表現すること。


 この単元では,人の体の中で起こる「化学」について扱います。化学では,机や文房具,空気といった身の回りの物体が,原子や分子などと呼ばれる粒子によって構成されていることを学びます。生き物の体も,その例に漏れず,原子や分子によって構成されています。

 とりあえず,ヒトを割ってみましょう。


 ヒトを割ると,内臓がまろび出ます。内臓にはいくつか種類がありますが,とりあえず,心臓に注目することにしましょう。心臓はおもに筋肉(心筋)からなります。そして,筋肉が一定の秩序を以て動くということは,そこに神経が接続しているということですから,心臓には筋肉だけではなく神経もあります。
 とりあえず,筋肉に注目することにしましょう。筋肉をばらばらにすると,筋細胞と呼ばれる細胞になります。個々の筋細胞が収縮と弛緩を行うことで,全体としての筋肉が収縮と弛緩を行っているように見えるということです。私たちがお肉を食べる時,そこには数多の筋細胞があるのですよ。

 いま,ヒトという生物の「階層構造」を,順を追って眺めていたことにはお気づきでしょうか。

 一般に,ヒトなど多細胞性の動物の体には,階層構造を見出すことができます。まず,1個の生命体としての「個体」があり,その個体は心臓や肺,脳といった「器官」から構成されます。さらに,器官は筋肉や神経といった「組織」からなり,組織は筋細胞などの「細胞」からなります。「個体→器官→組織→細胞」という階層構造が,1個の多細胞動物の体の中に見られるということ・さらに,それが様々な多細胞動物に普遍的に見られることが,お分かりいただけるでしょうか。

 さて,往々にして,理論とは拡張が期待されるものです。すなわち,個体の上はないのか・細胞の下はないのか,と。
 個体の上は,「生態と環境」の単元で学習します。同種の個体が集合して「個体群」となり,異なる種の個体群が集合して「生物群集」となる。そして,その生物群集と,大気や水,光といった「非生物的環境」を合わせて,私たちは「生態系」と呼んでいますね。イナゴの群れや,田んぼにたくさん植えたイネは,それぞれに注目すれば個体群です。そして,イナゴの個体群とイネの個体群を一緒に見ると生物群集です。さらに,イネの体が,水や二酸化炭素,太陽光といった非生物的環境を糧に大きくなることも考えると,それは生態系と呼ばれるというワケです。高校生物の学習指導要領の(5)で学習するので,もう少し待ってくださいね。
 細胞の下は,「細胞と分子」の単元で学習します。そう,この単元で学習します。ではさっそく,とりあえず細胞を割ってみましょう。

 まず確認したいことがあります。細胞を割ると,細胞は死にます。
 「個体→器官→組織→細胞」という階層構造を,なぜ一旦「細胞」で止めたのかということです。それは,細胞は一般に「生命の最小単位」と言われるためです。最小の単位なのですから,それをさらに分割したものは,「生命」ではなくなります。生命ではなくなったものを何と呼ぶか?それはもちろん,「化学物質」でしょう。

 今から化学物質の話をすることを明らかにした上で,改めて細胞を割ります。分がどろっと溢れ,核やミトコンドリア,葉緑体といった「細胞小器官」が流れ出てくるでしょう。細胞小器官をさらに分解すると,脂質やタンパク質,核酸といった「分子」からなることが分かります。そして,それら分子は炭素や水素,鉄やマグネシウムといった「原子」からなります。
つまり,細胞の下の階層構造として,「細胞→細胞小器官→分子→原子」という構造が見られるということです。では,細胞の中の諸々は,いったい何をしているのか。


―細胞の中の諸々。有機物…特にタンパク質―

 「原子」まで扱うと,このnoteに書く内容としては化学に両足を突っ込む感じになるので,ここでは「分子」から扱うことにします(本当は,ヘモグロビンの中の鉄とか,葉緑体の中のマンガンとかマグネシウムとか,いろいろ言いたいことはあるんですが,涙をのんで割愛します)。
 突然ですが,「有機物」と言われて,何を思い浮かべますか?燃やすと二酸化炭素と水を生じる―は,中学理科で学習しますね。それでは,有機物にはどんなものがありますか?例えば,「炭水化物」,「タンパク質」,「脂質」,「核酸」の4つを挙げることができますね。さらに,それぞれのはたらきについて簡単に述べることはできますか?炭水化物はエネルギーになりますね。タンパク質は筋肉など体作りの基礎となり,脂質はエネルギーの貯蔵の他,細胞膜などの成分として活躍します。核酸はDNAやRNAとして,遺伝情報の運び手を担いますね。このように,高校生物のこの単元では,「有機物とは何か(定義)・何があるのか(分類)・何をするのか(機能)」を学ぶことになります。
 なお,ここで「有機物」の代わりに別のものを入れると,それは概ねそのまま,別の単元で学習する内容になります。生物では用語がたくさん出てきますから,定義と分類と機能をしっかりおさえて,整理しておいてくださいね。

 さて,有機物の例として挙げた4つのうち,この単元で深堀りするのがタンパク質です。

 「タンパク質」と聞いて,何を思い浮かべますか?お肉?そうですねお肉です。先程も述べたとおり,タンパク質は体を作るものとして,家庭科で学習しますね。中学理科あたりでは,食事として取り入れたタンパク質は胃や小腸で分解・消化されてアミノ酸として吸収されると学習します。そう,タンパク質は,アミノ酸というものが多数連なってできていることが分かります。
 ちょっと考えてみましょう。私たちの筋肉は,食べた鶏肉などをそのまま使っていますか?「お前の腕さぁ,ちょっとニワトリの筋肉多くない?」なんて言いませんし,使っていませんね。鶏肉は消化されてしまうのですから,鶏肉は鶏肉のまま吸収されたりはしません。ニワトリの筋肉である鶏肉を,その“部品”であるアミノ酸に分解して吸収し,ヒトの体内でヒトの筋肉として再構成しているというわけです。言ってみれば当たり前のことなんですが,ここで注目したいのは,この“部品”がすべての生物で共通であることなんですよ。
 生物の体を構成する“部品”としてのアミノ酸は,20種類あります。バリン,ロイシン,イソロイシン…なんて,スポーツドリンクの成分表示を見ると書いてあるアレがそうです。どの生物のタンパク質も,決まった20種類から構成されています。この20種類のアミノ酸が,どの「順序」で,「いくつ」連なっているか(「順序」と「数」の意味を両方とも内包するものとして,「配列」という言葉を使います。タンパク質のアミノ酸配列,DNAの塩基配列など)が,タンパク質の機能を決めています。すべての生物でこの仕組みが共通していることは,すべての生物の祖先を1つに辿ることができるという証拠の1つとして挙げられることがありますね。

 生物の体には,途方も無い種類のタンパク質が含まれています。それだけ,途方も無い種類の機能を担います。分かりやすい例は先程から何回か挙げている筋肉。筋肉の収縮には,アクチンミオシンというタンパク質がはたらいています。爪の強度維持にはケラチンが,皮膚の弾力にはコラーゲンが,食物の分解にはアミラーゼペプシンが,血糖値の維持にはインスリンが,水晶体内でその透明性を維持するにはクリスタリンがはたらいています。
 また,細胞膜の表面に分布するタンパク質で,細胞膜を介した物質の出入りに関わるものとしては,アクアポリンカリウムチャネルナトリウムポンプナトリウム-グルコース共役輸送体といった面々があります。血液の中にあって,異物と結合して不活性化する抗体としてはたらくのはグロブリン。細胞の中にあって,様々な物質を輸送するのはチューブリンキネシンダイニンなど(高校で生物選択でない方は,だんだん聞いたことがなくなってきて,雲行きが怪しくなってきたかもしれません。我慢してください)。
 そして,細胞の中で起こる化学反応の進行を助けるものとしては,ブドウ糖を水と二酸化炭素にまで分解してエネルギーを取り出す過程に関与するヘキソキナーゼグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ…etc,etc。植物が行う光合成において,太陽光の光エネルギーを然るべき場所へと伝達する際にはたらくシトクロムb6シトクロムf,その他諸々。植物が二酸化炭素を取り込んで有機物を合成する過程に関与する,ホスホグリセレートキナーゼリブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ,その他諸々。

 これらはすべて,タンパク質です。これらの違いはすべて,前述の通り,20種類のアミノ酸の配列による違いです。
 そして,上に列挙したもののうち,「タンパク質を主な構成要素とし,化学反応の進行を助けるもの」を,一般に「酵素」という総称で呼びます。


―酵素のはたらき―

 先も述べた通り,「酵素」とは総称です。ご存知かどうか知りませんが,「植物由来の天然酵素!」などと謳った商品,よく薬局なんかに置いてありますよね(置いてあるんですよ)。あれじゃどの酵素か分かりません
 中学理科では,炭水化物はアミラーゼとマルターゼ,タンパク質はペプシンやトリプシン,脂質はリパーゼによって分解されると学習しますよね。これらはすべて酵素です。このように,酵素には,「はたらきかける相手が決まっている」という性質があり,アミラーゼがタンパク質を分解したり,リパーゼが炭水化物を分解したりはしません。酵素のこのような性質を,「基質特異性」といいます。
 「基質」とは,酵素がはたらきかける相手のこと「特異性」とは,その相手が決まっていることを指す言葉です。先程挙げた「植物由来の天然酵素」は,植物体内ではたらく酵素のことだと思いますが,その酵素がヒトの消化管内ではたらくものかどうかは,わかりませんね。

 繰り返しますが,酵素とは「タンパク質を主な構成要素とし,化学反応の進行を助けるもの」のことです。それでは,「化学反応の進行を助ける」とはどういうことなのでしょう。

 高校生物では,酸素を使ってグルコース(ブドウ糖)を二酸化炭素と水にまで分解し,そこで得られたエネルギーを使って生命活動を営むという,「呼吸」という過程を学習します。これは,次のような化学反応式で書くことができます。

グルコース + 6×酸素 → 6×二酸化炭素 + 6×水 + エネルギー

 矢印の始点側(左側)では,グルコースに酸素を足していて,矢印の終点側(右側)では,二酸化炭素と水とエネルギーが生じていますよね。
 では,グルコースの粉末を,酸素を20%ほど含む大気中に放置すると,上のような反応は起こるでしょうか?否,起こりません。材料が揃えばいいというわけではなく,そこには,「化学反応の起こりにくさ」という,ハードルのようなものがあるからです。この化学反応の起こりにくさを乗り越えるためには,それ相応のエネルギーが必要です。では,具体的にどうすれば乗り越えられるでしょうか。火をつけてみる?いいですねぇ,化学反応の起こりにくさを「熱エネルギー」でクリアする。いい方法です。他には?

 「化学反応の起こりにくさ」を小さくする―というのは考えられませんか?ハードルを超える方法には2つあって,高く跳ぶか,ハードルを下げるかすればいいわけです。酵素がやっていることは,後者の方です。
 すなわち,酵素が行っている,「化学反応の進行を助ける」とは,化学反応の起こりにくさを小さくするということです。

 グルコースを水に溶かして,40℃ほどに保って大気中に放置しても,水と二酸化炭素に分解されはしません。しかし,その水溶液に,この化学反応を進める多種多様な酵素を諸々適切に加えてやると,40℃でも化学反応が進行します。
 言い換えると,前者は,40℃程度の熱エネルギーで,化学反応の起こりにくさを乗り越えることができなかったと考えることができます。しかし後者では,酵素が存在するために,40℃程度の熱エネルギーで,化学反応の起こりにくさを乗り越えることができたと考えることができます。

 ちなみに,さんざん繰り返した「化学反応の起こりにくさ」を,「活性化エネルギー」といいます。ここまでを総括して,酵素とは,特定の化学反応における活性化エネルギーを小さくすることで,化学反応の進行を助けるものと理解することができますね。

―エネルギーと触媒―

 代謝とは何ぞや―という話は,過去記事(↓)で多少掘り下げて書いたので,そちらをご参照いただければ幸いです。


 さて,これまでの話を踏まえて,次のような疑問が呈されたとしましょう。

「あれれ〜?グルコースを分解してエネルギーを得る化学反応は,
グルコース + 6×酸素 → 6×二酸化炭素 + 6×水 + エネルギー
と書けるんですよね」
「いかにも」

「でも,化学反応が進むには,“化学反応の起こりにくさ”を乗り越えるためのエネルギーを加えないといけないんですよね」
「いかにも」

「じゃあ,
グルコース + 6×酸素 +エネルギー → 6×二酸化炭素 + 6×水 + エネルギー
となって,結局,
グルコース + 6×酸素 → 6×二酸化炭素 + 6×水
になってしまいませんか?エネルギーが出てこなくなる」
「君のようなカンの良い(略)」

 というわけで,最後にちょっとだけエネルギーの話をしましょう。

 結論から言えば,矢印の始点の側に加えたエネルギーよりも,矢印の終点の側で発生するエネルギーの方が大きいので,“グルコース + 6×酸素 → 6×二酸化炭素 + 6×水 + エネルギー”で良いのです(矢印の終点の側で発生するエネルギーは,差分というわけです)。
 ここで,酵素によって,“化学反応の起こりにくさ”が小さくなっているということに注目する必要があります。
 酵素によって“化学反応の起こりにくさ”が小さくなっているということは,矢印の始点の側に加えるエネルギーが小さくて済むということです。
 矢印の始点の側に加えるエネルギーが小さくて済むということは,矢印の終点の側で発生するエネルギーが大きくなるということです。
 つまり,体の中に酵素があることで,私たちは食物から得られるエネルギーを大きくすることができているということです。

 これは,何も体内で起こる代謝の話に限りません。例えば人工光合成の話。

 「水素エネルギーで走る自動車」とか,聞いたことはありませんか?では,水を材料に水素が得られればいいと思いませんか?だって,水で自動車が動くかもしれないんですよ?

 しかしながら現状,それは「化学反応の起こりにくさ」という障壁に悩まされています。水(H2O)を分解して酸素(O2)と水素(H2)を得るには,なかなかに大きめの「化学反応の起こりにくさ」があります。化学反応の起こりにくさをクリアするために投入するエネルギーが,その化学反応の進行によって得られるエネルギーよりも大きければ,単純計算で損をしますよね。投資したけどリターンが少なかったという話と一緒です。

 しかし,水を分解するという反応を,常温で,光さえあればやってしまう生物がいます。植物です。植物は光合成で酸素出しますよね。あの酸素(O2)は,地面から吸い上げた水(H2O)のOですよ。
 植物のもつ酵素は,水が分解するという化学反応の起こりにくさを下げ,常温程度の熱エネルギーと太陽光の光エネルギーで以てその化学反応を進行させることができます。地球上に原始の生命が誕生したのがだいたい40億年前。地球上で,いまの植物のように酸素を発生する光合成を行う生物が登場したのが今から30数億年前と見積もられていますから,生命は10億年ほどかけて水を常温で分解できるようになったとも言えます。光合成獲得にいたる生命10億年の歴史の結晶に,ぽっと出の人類が挑み,もしその酵素の妙に到達すれば…これ,ロマンだと思いませんか。植物が水を分解するのに利用している酵素が,いったいどうやって水を分解しているのかという解析は,いま現在もホットな研究テーマです。この辺りの話が気になった方は,「触媒化学」「マンガンクラスター」などでググってみてくださいね。


―終わりに―

 「生命現象と物質」は,生物の中でも,特に化学よりの単元です。結局,生き物の体は化学物質の集合体にほかなりません。ふつう,精肉など「死んだ生き物」は,放置しておくとすぐに腐ったり崩れたりして,物質としての秩序をなくしてしまいますが,不思議なことに「生きている生き物」はそうはなりません。ということは,「死んでいる/生きている」の境目がここにあるとは思いませんか。
 何事においても,秩序を保つにはエネルギーが必要です。怠けていると部屋がどんどん荒れていき,その整理整頓にはエネルギーが必要であるのと同じことです。すなわち生きている生き物とは,外部から食物あるいは太陽光等の形でエネルギーを取り込み,自らの秩序を維持できる状態にあるものとすることができるのではないか―物理学者なのにこんなことも考えたのが,『シュレーディンガーの猫』で有名なシュレーディンガーですね。著書『生命とは何か』の中で,物理学者の目線から生命を見つめています。岩波文庫で邦訳が出ているので,ご興味の湧いた方はぜひお手にとってみてくださいね。

(結)

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