ロッカールームの風

今回のnoteは小川による小説です

ロッカールームの扉を開けて仕舞えば、そこは日中の果て。日差しのもとの気の利いた会話や、交錯する視線からはなれた、仄暗いその場所を私は気に入っていた。ロッカールームには、直角の背もたれ(これが長時間座っていると腰痛というか、気持ち悪くなるのだ)のソファがいくつかと、ちょっとしたテーブルがある。リュックをテーブルに置いて、奥のソファで仰向けに寝転ぶ。蛍光灯の光がノイズになる。思考が点滅する。何も考えられない空間に身を任せることの、居心地のよさ、と、悪さ。この時間のロッカールームには誰一人訪れない。

私はいつものようにソファに寝転んだ。仰向けで、それから電気を消して。ロッカーがいつもより迫って見えて、ふと、外の廊下をあの子が通ったような気がした。もう会わなくなった彼女。かつての友人。旧校舎の中庭と、遠くから聴こえた気のするギターの轟音。弾いてみても、きっと彼女には会えないと分かっていた。もう、あの頃みたいに弾けないし。彼女も、とっくにそんなの興味ないだろうし。

この風が悲しい言葉に聞こえてもいつかそれを変えてみせるから。

空調機のノイズで風の音が曖昧になる。いつのまにか思い出せない彼女の声。
いつかのお泊まり会の、夜の、彼女が小さな声で教えてくれた幸福の秘訣。期待しないこと、追わないこと、誰かひとりに依存しないこと。そんな悲しそうな顔して言うことじゃないよって、思ったのだけれど、きみには嫌われたくなかったし、やっぱり、言わなかった。私は私なりの方法で、正しさで、できる限り長くそばに居たかった。のに、どうして。嫌なところがあったら直すし、君のためだったらなんだってするから、だから、一度でいいから、さよならだけでも聞かせてよ。

彼女のいない生活は確かに平穏だし、このままで良いね。諦めたようなことはあんまり言いたくないけれど、いつか慣れてしまうだけのことだから。それじゃダメなんだって、叫び続けたかったし、あの頃の自分に申し訳ないけれど、仕方のないことだから。もうすぐ本格的な夏が来る。太陽の熱と日差しが影を覆いつくしてしまう前に、ここではないどこかへ。

(文責:小川)

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