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力自慢【胆沢の民話②】岩手/民俗

『力自慢』

参考文献:いさわの民話と伝説 胆沢町教育委員会

昔、秋田県のことを出羽の国と言った頃、この国に出羽の太郎という大の力持ちがいました。

ご飯は常に5人前をぺろりと食べ、相撲をとると誰も太郎に勝つ者がいませんでした。一度に5人かかってもぽんぽんとあしらわれて勝負にならないのです。米俵5俵を一緒に結んだのを両手で軽く押し上げます。そちこちから力比べにやって来る者が沢山ありましたが、誰一人勝った者がありませんでした。だからみんなは出羽の太郎は日本一の力持ちだと評判しました。

ところが出羽の太郎の耳に、九州筑紫の国に筑紫太郎という恐ろしい力の男がいるという話が入ったので、行って力比べをしてみたくなりました。お母さんは、そんなに遠くまで行くな、もし負けたりすると帰ることができなくなるから大変だ、と言い聞かせましたが、そう言われるとますます行きたくて堪らなくなりました。

とうとう皆の止めるのも聞かず、沢山のおにぎりを背中にして、家を出かけました。筑紫まで行く道は遠くて永い日数がかかります。所々で力比べをしながら旅を続け、やがて日本山真中寺というお寺に辿り着きました。

このお寺でも集まったみんなと様々な力比べをして驚かせました。ここの和尚さんは、非常に智恵の優れた和尚さんで、出羽の太郎に

「本当の人の力とは何であるかご存知かな」

と聞いたら太郎は

「誰にも負けない力です。だから力比べがしてみたいのです。」

と答えました。和尚さんは

「人の力というのはな、体の力も大切だが、考えたり工夫したりする力がないと本当の力にならない。昔から、偉いと言われる人は、体の力よりも智恵の力と徳の力を持っていたものだ。出羽太郎さんや、あんたも智恵の力と徳の力をつけられたら、それこそ日本一の大力持ちになれそうなんだがなあ。」

と言われました。

太郎は苦い顔をしながら、この和尚さんはお説教を始めるつもりだな、俺はお説教を聞きにここまで来たのではない、九州まで行って筑紫太郎と力比べをするためにここまで来たのだ、と思いました。和尚さんは出羽太郎が何を考えているのか大体分かったので

「私とも力比べをしてみませんか。私はご覧の通りの和尚で、あなたより体が半分もないのだから負けるには決まっているのだが、ただお互いに何か一つだけ手に持ってやることにしませんか。」

と庭先にぽんと飛び降りて、

「さあやりましょう」

と待ち構えました。出羽の太郎は

「何か持ちましたか」

と聞くと和尚さんは

「はい持ちました」

と言う。出羽の太郎は不思議でならない。小癪な坊主だ、何か一つだけという約束だ、何がよかろうと見回すと、軒下に置いてあった大きな臼に目がつきました。よしっこの臼を持ち上げてひと潰しにしてやろう、いや殺しては大変だから被せてやろう、そうしたら負けたと声を出すだろうと、その臼に手をかけるなり軽々と持ち上げて、のそりのそりと和尚さん目がけてやってきました。和尚さんは青くもならずニコニコしています。

臼を持ち上げたまま近づくと、和尚さんはくるりと後ろの方に回ったかと思うと、太郎の腰の上に手をかけました。そして隠し持っていた針で、ヘソのあたりをちくりちくりと刺したから堪らない。太郎は臼を前に投げ捨てて、腹に手をやり負けましたと言いました。

次に和尚さんは、一本の太い枝を持ち出してきてこう言いました。

「この枝をあんたが両手で肩の高さに持ち、その真ん中を私が片手で握る。そして押しくらをすると、私が勝つことになる・・・」

と言うと太郎は、俺は片手だって負けないのに、俺を馬鹿にしている。よしっ、さっきの仇をとってやろう。今度こそ一気にねじ伏せてやろうと思って、

「ためしましょう」

と枝を肩の高さに持ちました。和尚さんは片手でその真ん中頃をしっかりと握り、1、2、3で押しくらが始まりました。いくら太郎が押しても前に出ません。かえって和尚さんが、よんしょと一息入れて押すと、太郎の方が後ろにさがる。これも和尚の勝ちになってしまいました。

太郎は、考えた智恵とはこのことか、なるほどと感心し、和尚さんの前に手をついて、

「本当の力が出る智恵を教えて下さい。」

と願いました。

「はいはい、それでは教えてあげましょう。勝つためには逃げることも忘れぬよう。九州に渡るには海もあるから船にも乗る。よほど気を付けなさいよ。」

と励まし、小さな紙包みを渡して、

「これは危ない時にだけ開けて見なさい。そのとき智恵を出しなさいよ。また帰りにも立ち寄りなさい。」

と言われ、旅仕度を整え、九州に向って出発しました。

道々、海や山の景色を眺めながら、やがて下関に着き、そこから門司まで船で行き、九州に渡ったのでした。

早速、筑紫の太郎の家を訪ねると、知らぬ人とてなく教えられるまま行って、玄関に立ちました。柱の太いこと家の大きいことにまず驚きながら、声を下っ腹から張り上げて、

「お頼み申す」

と言うと、奥の方で返事がしました。その声は割れ鐘を打ったようで、出羽の腹まで響くようでした。大きな足音がしたと思うと、玄関の障子が大きな音を立てて開けられ、ぬーっと体が現れました。出羽の太郎は、筑紫太郎だと思って見上げてみたら、髪を洗った女でした。

筑紫の太郎という力持ちは女なのか、随分大きい女だ、俺よりも大きいようだ。もしこの女に負けたらどんなことになるか、と心配になり、引き返して帰ろうと思ったが、いや、ここまで来たのだから様子を見てからにしよう、と思いとどまり、来た訳を話し泊めてもらうことにしました。

やがて夕飯のお膳が運ばれました。運んできたのは、さっき玄関に出た女でした。そしてこの女の人は、筑紫太郎のかみさんであることが分かりました。一米四方もあるような大きなお膳に、大きなお皿、丼、お椀が置かれてあり、それを片手に軽く持ってきました。ご飯を取りに行った隙に、このお膳をそっと持ち上げてみようとしたが、重くてとても片手では上がらない。両手でやっと上がる重さであります。ご飯のお鉢が運ばれました。十位も入っていると思われるような大きさです。大きなお椀に山と盛られて出されたのを、やっとのことで平らげたら、2杯目を進められました。もう1杯平らげて驚かしてやろうと差し出すと、給仕のおかみさんは、

「うちでは普通、このお椀で5杯やります。力比べとなると7杯も8杯も食べて、腹ごしらえをします。」

と言われ、いよいよ驚きました。

ご飯が終わったら、筑紫太郎が挨拶に出てくるだろうと待っていましたが、出てこないのでおかみさんに訊ねると、試合するまでは相手に会わないことにしているのだと知らされました。

夜中になっても、出羽太郎は心配で眠れませんでした。これは試合しても勝てそうな気がしない、今のうちに逃げ出した方が勝ちだかもしれない、と思うとますます目が冴えて眠れず、とうとう旅仕度に身をかため、足音を忍ばせて筑紫太郎の家を出て、門司を目指して急ぎ朝一番の船に乗ることにしました。

出羽太郎の逃げ出したことに気付いた筑紫太郎は、カンカンになって怒り出し、これから門司まで追いかけていって勝負をし、ねじ伏せてやると言って、どしんどしんと走り出しました。

門司に着いて、出羽の太郎は急いで船を出してくれるように頼みましたが、船頭はなかなか船を出してくれません。

遠くの方から筑紫太郎の声が聞こえてきました。

「船を出すなー待て!!出羽の太郎ー」

船頭は、ここで大男たちに喧嘩をされては大変、と出羽の太郎を乗せて岸を離れましたが、波のため、なかなか思うように船は進みません。そのうちに筑紫太郎が海岸まで辿り着きましたが、すでに追いつくことはできません。船場にあった大きな鉄の熊手に目がつくと、これを持ち出し、これを飴でも引き伸ばすようにぐいぐいと引き伸ばし、出羽の太郎の船を目がけて引っかけ引き寄せ始めました。さあ大変だ、船は次第次第に岸の方に引き寄せられます。出羽の太郎は、今はこれまでと覚悟を決めましたが、ふと和尚さんから貰った物のことを思い出し開いてみたら、やすりが出てきました。はあ、これのことだ、と大急ぎでコツコツコツと熊手の付根をやすりで擦り減らしているうちに、太い熊手もやがて細い針金のようになり、遂に切れて船は急に前に進み、筑紫太郎はドシンと大きな尻もちをついて転んでしまいました。怒り出した筑紫太郎は、すぐ船を支度して後を追いかけました。

下関に着いた出羽の太郎はホッと安心して、今来た海の方を見渡していると、こちらに近付いて来る船の中に筑紫太郎が一際大きく目立って見えました。これは大変、と大急ぎで走り出したのは出羽の太郎、船から上がってすぐ追いかける、髭面の大男の筑紫太郎。体も大きいから走るのも速い。

「オーイ、オーイ」

と呼びかけながら走る。追いつかれては大変、と汗をふきふき走り続ける出羽の太郎。ヘトヘトになってやっと辿り着いたのが、来るとき立ち寄ってお世話になったお寺です。早速、和尚さんに事の次第を話して助けを求めました。和尚さんは相変わらずニコニコしながら、なるほどなるほど、そうかそうか、それではあそこの井戸の上に作られてあるぶどう棚の上に昇って、井戸に向って顔を出しているように、と教えられました。

教えられた通りにしていると、やがて山門から足音を立て、息を切らして入ってきた筑紫太郎の音がする。そして和尚さんに、

「今、ここに人が来たはずだがどこにいる」

と尋ねました。和尚さんは、

「誰も来なかったと思っている。来たかもしれないが俺は知らない。どこでもよいから探してみなさい。」

と言いました。筑紫太郎は境内のそちこちを足音立てて探し回ったが見つからない。そのうちに喉が渇いて水が欲しくなって、井戸に行き、井戸の中を覗いてみると、出羽の太郎の顔が映っているではありませんか。筑紫太郎は怒りました。

「お前は井戸の中に隠れているな、よーし」

と井戸の中を目がけて勢いよく飛び込んだからたまりません。大きな体が井戸いっぱいぎっしりに詰まり、身動きができなくなってしまいました。

しばらく経って出羽の太郎は、筑紫太郎の腹の空いた頃を見計らい、足を取って引き出してやりました。大の力持ちもヘトヘトになり、助けてもらったお礼を述べました。そして二人とも、これからは力自慢はしない、と和尚さんの前で固く誓いましたとさ。

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