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小鳥になった三人姉妹【胆沢の民話③】岩手/民俗

『小鳥になった三人姉妹』

参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会 

三人の姉妹を残して、妻に先立たれた恭三郎は、いつまでもメソメソしてはいられないと、妻在りし日のような朗らかさに返って、仕事に精を出すようになりました。そうした父を見ると、三人の姉妹も、一人になった親に心配をかけるものではないと、姉は妹を、妹は姉に、お互いに注意しながら平常を装うのでした。父は用事が忙しく、日が暮れても帰ってこない夜などがあると、優しい母が生きていた頃の団欒を懐かしんで、涙を流すのでありました。

いずれにしても、父娘の楽しい幾年月が去って、三人の姉妹も美しい年頃の娘に成長いたしました。父が非番の日など、親娘4人揃って外出すると、道行く人々が必ず振り返って見るのでありました。

美しく育ってくれたことは、父には非常に嬉しいことでした。美しく、素直に育ってくれた、と妻の魂に向って叫びたくなる恭三郎でありました。

そうした恭三郎に後妻の話がありました。話を持ってきたのは同じ名主仲間の平五郎でした。女は隣村のある長者の娘で、婿家の夫に死なれて家に戻っているのでした。

いつか恭三郎を垣間見て、是非妻になりたいと、女の方からの勢望があったのでした。

今さら妻など、恭三郎は一応はそうも思いました。ここ数年、娘達の養育と激務に追われて、女など眼中にない恭三郎であったのでした。でも今こうして娘達も大きくなり、比較的楽な仕事に昇格してみると、妻のない淋しさをつくづく感じるようになったのでした。

こうして変ってきた父の様子を、利巧な娘達はすぐ感じとったのでした。そして是非、新しい妻を迎えるように勧めました。そうした行いが、自分たちを育ててくれた父への孝行でもあるのだと思いました。

迎えた新しい母は、死んだ母を知っている姉妹には、あまりにも違いのあるのに驚きました。如何にも父には媚びるような態度を見せてはいますが、朝寝坊で怠け者で、でかでかと化粧ばかりしている女でした。ですから炊事や拭き掃除は全然しませんでした。

姉妹たちはそれでも、父が喜んでさえいればよいと我慢しておりました。数ヶ月も経てみると、態度はすっかり変わってしまいました。無理な仕事はまだしも、できもしない仕事を言いつけて、その用事をしないと非常に不機嫌で、目茶苦茶に悪口を言いました。時には亡き母のことまで悪口を言うようになりました。

姉妹達は小鳥のように円く抱き合って、自分たちの不幸を泣き合うのでした。しかし素直な姉妹は、新しい母の邪悪を父には告げませんでした。父が心配するといけないと思ったからでした。

ある日、父は村の人達を引率して伊勢詣りに行くことになりました。往復90日もかかる大旅行、姉妹はそんな長い間、父のいない生活を思うと悲しくなりました。そして朝夕、父のいる日々ですら母の虐待におののいている姉妹に、どんなことになるか想像もつかないことでした。

しかし父は村の人達のために行くことなので、何ともできないことなのでした。

果して父が出発してから10日と経たないある日、何が母の疳に触れたものか、額に青筋を立てて怒り出しました。そして釜に水を汲めと言いました。母の出したのはザルでした。水を汲むことはできません。もずもずしていると母は怒鳴りました。姉妹は脅えながらザルで水を汲むことにしました。ザルには水は溜まりませんでした。それでも釜の上に持ってきて、たらたらと5、6滴の雫が落ちました。何千回かそれを繰り返すと、それでも水は釜いっぱいになりました。

今度はそれに火を焚けと言いつけました。出したのは馬糞でした。馬糞では火は焚けるはずがありません。だからといって不満を言ったものならまた母が怒ります。姉妹は苦労して馬糞の火を焚きました。いつか釜の水はグラグラと煮えたちました。

それを見ると母はニタリと笑いながら、細い一本の萩を持ってきて釜の上に渡しました。そして萩の木を渡れと姉妹たちに言いました。そんな細い木など渡れるものではありません。渡るものならたちまち木が折れて、煮え立った釜の中に落ちて死んでしまいます。もちろん母にはそれがつけめだったのです。脅える姉妹を、母は悪魔のようになって、渡れ、渡れ、と責めました。娘達は目をつむって、その細い萩の木を渡りました。萩は人の重みでたちまち折れ、娘達は煮湯に落ちて死んでしまいました。

母はニタリと笑って、庭先の畑の一隅を掘って埋めてしまいました。

それから何日目、恭三郎は旅から帰ってきました。父は、必ず娘達が喜んで出迎えてくれるだろうと想像してきただけに、娘達の出迎えのないのを不審に思いました。思い余って妻に尋ねてみましたが、妻は曖昧なことを言って、故意に姉妹のことを避けようとする風がみえました。

恭三郎は久しぶりの我が家の庭に立ってみました。90日近くも諸国を巡って見てきたが、やはり我が家くらい良い所はないなと思いました。

その時、恭三郎のいる所から一番近い庭木の枝で、三羽の小鳥が一生懸命さえずっているのに気が付きました。その小鳥は鳴きながら、不思議にも恭三郎の方を見ているのです。恭三郎がそっと離れると小鳥は後を追うようにして、恭三郎から一番近い庭木の枝に留まって鳴くのでした。恭三郎は不思議な小鳥だと思い、何度も立つ位置を変えてみましたが、小鳥はやっぱり恭三郎の近くの庭木の枝にきて鳴くのでした。不思議だ、不思議だと恭三郎は思いました。

実は小鳥は、継母に煮殺された三人の姉妹だったのでした。そして自分たちのいきさつを父に知らせようと一生懸命に鳴くのでした。

『ザルで千回水汲め、馬の糞で火焚け、萩の橋渡れ』

しかし人間の父は、娘達の血を吐くような懸命の声も通じませんでした。その恭三郎に、庭先の畑にある土盛りだけは目につきました。何だろうと思って近寄ると、妻は近づくなと止めました。恭三郎はそれでも無理にも掘り起こすことにしました。妻は、大変なことになるから、と止めましたが、かえって疑いを深くした恭三郎はどんどん掘りました。果して三人の姉妹の死骸が現れました。

「だから掘るなと言ったのに」

妻はゲラゲラと笑いながら言いました。気が狂ったのでした。

小鳥はその上を飛び回っていましたが、低い鳴き声を残すと、青い青い空に吸われるように消えていきました。