長生【胆沢の民話④】岩手/民俗

『長生』

参考文献:「胆沢の民話と伝説」 胆沢町教育委員会

昔、長生という兄と、千代という妹と、盲の婆さまと三人暮らしの家がありました。家が貧乏で、山から薪を取ってきては町に売って暮らしていました。

ある年、サメ(部落)の人達は、伊勢詣りに行くことになりましたが、長生は金がないので行くことができませんでした。でもどうしても行きたいので、乞食をしながらでも行きたいと皆の後について行きました。

さて晩方になって、皆は宿屋に泊まりましたが長生は泊まることができませんでした。泊るどころか、夕飯を食べることもできませんでした。しているうちに、ゾロゾロと大勢の人が来るのに会いました。長生はその人々のそばに寄って、何所へ行ってきましたか、と聞くと、それは葬式があって、お墓から今帰るところだということでした。長生は考えました。葬式ならきっとお墓に何か供わっているに違いない。今夜はそれを頂いて、宿はそれから考えようと、葬式帰りの人達とは反対の方へ行ってみました。

そしたら墓所があって、なるほど新しいお墓がある。よほどの財産家らしく大した供物で、今夜だけでなく、明日の朝も昼も夕飯の分まで間に合いそうでありました。有難い、と念仏申して拝んで下げて頂こうとしたら、なんだか墓の中で音がするような気がしました。はて不思議だと、棒切れや塔婆板などで土をよけてみると、人の息の音が微かにする。これはきっと葬られた人が生き返ったのかもしれないと、急いで棺の蓋を開けてみると、若い娘が入って生きていました。棺から外に出して訳を聞いてみると、餅を喉に引っかけて息がつけなくなったのまでは分かっているが、その後は分らなくなってしまったが、死んだというので葬式したのに違いないという事でありました。

娘はこのままの姿では途中で見られても恥しいからと言うので、少し暗くなってから連れて娘の家へ行きましたが、その家というのは大長者の家で、家では御法事の人達が大勢いるので、この姿で入っていったら化物と思われようというので、まず長生が事情を話しに先に入りました。

家の中では一人娘が死んだというので、両親は泣いているし、親類の人達は慰めたり、法事のことなどで混雑して居りました。長生が事情を話し、娘を迎え入れて、今度は酒屋や魚屋に人を馳せさせたり、大騒ぎの法事が祝辞に変って、大酒盛りになりました。

娘の命の恩人というので長生も大御馳走になって居りましたが、3、4日経って暇を告げたところ、娘の両親は、娘の命の恩人でもあるので家の婿になってもらいたいと言いました。長生は、私は貧乏だが家督でもあるので他の婿になることはできない。またお伊勢詣りに行く途中でもあるからと話すと、何としても婿になってくれと口説くし、またお伊勢詣りには私の家で行くようにするからと、無理矢理婿にされ、お伊勢詣りも立派に支度させられ、金も沢山持たせられ、供人もつけてやられました。

お伊勢詣りから帰って、3、4年夢中で過ぎましたが、長生は家に残した妹と、年取った母様のことが気になって、家に帰ってみると言ったら、娘の両親は、馬36匹に米と反物、その他沢山つけて、お土産にしてやることにしました。

長生は生まれた家へ帰ってきて、ハテナと思いました。確か自分の家は萱や笹を寄せ集めて作った小屋なはずなのに、そこは立派な家に変っているのです。中に入ってみるとやはり千代がいる。千代は喜んで、兄さんの帰らないのが唯一の気がかりだったが、これで安心したと大変喜んでくれました。伊勢詣りに行った人達は皆帰ってきて、兄さんだけが帰らない。もっとも皆と同じには帰れないかもしれないが、それにしてもあまり遅いので、どうなっているかと毎日心配していたところだったと言いました。長生がこれこれと事情を話したら、そのような家の婿様になったのなら、大変結構なことだ。私はこの家で大丈夫暮らしていくによいから、兄さんはそのまま婿になって下さい。私は私で婿をもらって家を継ぐから、家のことは心配しなくてもいいということで、家督のことは円満解決ということになりました。

それにしても、この立派な家はどうした訳だと聞くと、兄が伊勢詣りに出た後のことだが、山で薪取りしているうちに、喉が渇いたので近くの泉の水をすくって飲むと、何とも言えない美味い味がするし、疲れも治ってしまった。あまり美味いので婆さんにも飲ませたいと、ヒツコに汲んで持帰って婆さんに飲ませると、とっても美味い、何だか体の中が清められるような気がする。目を洗ったら気分が良くなるかもしれないと、残った水で目を洗うと、目が見えるようになりました。それからは、その水を飲むおかげで、千代も疲れを知らずに毎日薪を取って町で売っており、婆さんもだんだん体が丈夫になってきました。

ある日、狩に来たらしい供を連れた一人の武士が、千代の家の近くで馬の足を傷つけて困っていました。何所かに伯薬か薬師でもないのかと聞いてみようと千代の家に訪ねてきました。千代は、ここはただの一軒家なので伯薬も薬師もない。ここに少し水が残っているが、あるいはいくらか足しになるかもしれない。試しにこれで馬の足を洗ってみたら、と残っている水を差し出しました。武士はそれで傷の所を洗ったら、たちまち馬の足の傷が治ってしまいました。武士は喜んで大金をお礼に置いていったのでした。

それから評判になり、その薬水を分けてくれという人が沢山来るようになり、お礼だと言って銭や物を置いていくようになりました。不思議なことにその水は、千代が汲んだのでなければ効き目がないというものでした。したがって千代は薪を取って売ることもなくなってしまって、この通り家を建て直したというのでした。

その後、兄も妹も幸せになったといいます。