長者の嫁になった末娘【胆沢の民話⑩】岩手/民俗
『長者の嫁になった末娘』
参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会
ある所に長者がありました。その長者に一人の子供がありました。
長者の一人っ子といえば気ままで弱虫か、そうでなければ病弱という事になっていますが、どうしてこの長者の子供だけは利巧で健康で、それに容姿も立派でありました。ですから両親はことのほか大喜びでした。だからといって子供のことを自慢して歩くという事をする親バカでもありませんでした。
親の愛情と自分の自覚と反省に、子供はすくすくと成長し立派な若者になりました。利巧と健康に学問と武芸が加わって、それは何一つ非の打ちどころのない若者でした。
さあこうなると、親たちは息子にふさわしい嫁を迎えることが心配になりました。息子はいつしかそうした年頃になっていたのでした。
それを聞くと色々の人が、これが絶対に似合いという娘達を探して世話してきました。親達は相談はしてみましたが、帯に短し襷(たすき)に長しの例えの通り、どこか物足りないところがあって話は進みませんでした。
そうこうするうちに月日は経って、長者の息子に縁談があってから3年は過ぎ去っていました。長者はそろそろ心配になってきました。もうこの世には息子の嫁になるような女はいないのではないかと思うようになりました。
そんな心配をしている最中、ある人がニコニコしながら「これは絶対に太鼓判」と前置きしながら持ってきた縁談がありました。長者夫婦もいい加減にしびれを切らしているところだったので、調べてみると、今まで何百とあった娘達から見ると、遙かに器量の好い娘でありました。しかも姉妹3人、どこという非の打ちどころのない娘を並べられて、どれかと言われると長者夫婦も困ってしまいました。姉にしようかと思えば、中の娘が綺麗に見えてきて、それにしようかと迷い、中の娘にしようかと思えば、末娘が綺麗に見えてくるので、すっかり迷ってしまいました。だからといって3人一緒にという訳にもゆきません。いろいろ考えた結果、3人の娘を試験することになりました。
そうなると3人の娘も躍起になりました。立派な長者のお嫁さんになるのですから、朝早くから化粧に一生懸命でした。
最初の試験は、畳5枚に真綿が敷いてあり、その上を履いた草履に真綿がくっ付かないように歩けというのでした。焦っていた姉娘と中娘がバタバタと駈け足で真綿の上を歩きました。真綿はすっかり草履についてしまいました。結局失敗でした。末娘は敷き直した真綿の上を静かに歩きました。真綿は少しも草履につきませんでした。
今度は数羽の雀の留まっている梅の枝を折ってくる試験でした。例の通り、焦っている姉娘と中娘はバタバタと駈け出しました。梅の枝の雀は驚いてパッと飛び立ちました。見事失敗です。
末娘は再び雀が梅の枝に戻るのを見て静かに歩き出しました。雀はずっと枝に留まって身じろぎもしませんでした。末娘はその枝を折ると長者夫婦の前に差出しました。長者夫婦はあまりの見事さに思わず拍手をいたしました。
長者の息子のお嫁さんは末娘と決まりました。