子供に目玉をやった母【胆沢の民話⑬】岩手/民俗
『子供に目玉をやった母』
参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会
名主に用事のできた三之亟(さんのじょう)は、一人身の気安さから、昼食の後片付けもせず家を出かけました。道も半ば頃かと思われる所に来た時、遙か前方に5、6人の子供等の騒いでいるのが目に入りました。何事かと小急ぎに近付いてみると、子供等が一匹の蛇を道の真ん中に出して、棒切れや竹などで乱暴しているところでした。
蛇とはいえ三之亟には可愛そうになりました。身をくねらせて苦しさを耐えている姿に堪らなくなって、
「こら子供等、その蛇をわしに売ってくれ。」
と申し出ました。子供等は喜んで譲ってくれました。
三之亟は買った蛇を静かに傍らの藪に放してやりました。蛇の尻尾が藪の中に消えると三之亟はホッとしました。
その日、名主の用事は混み合っていて意外に長引きました。用事が無事終わって帰宅したのはもう日が暮れて、どの家々にも明かりが灯っている、相当遅くなってからでした。三之亟は自分の家の前にきて、ふと立ち止まりました。誰もいないはずの自分の家の窓から、あかあかと明かりが漏れているからでした。
不思議に思った三之亟は足を忍ばせて近寄りました。中からはそれを知っていたかのように、戸は静かに開けられました。そして其処に現れたのは、今まで三之亟には見たことがないほど美しい女性でしたので、あやうくアッと叫ぶところでした。
何か言おうとした三之亟より先に、その女は話をしました。
その話は、自分は、ここより南の方の国の者ですが、もう年頃にもなったのに縁談はありませんでした。どうしてだろうと思い神様にお聞きしてみると、自分があまりにも美しいのでこの世のものではない。おそらく天の国のものであろうという評判になりました。その土地の人達は天人と結婚すると早死にするという言い伝えがあるので、天人であろうと、自分と結婚しないのだということでした。この上は致し方ないから北方に参り、そして日暮れにある家の前に立つから、その家の者と結婚しろと教えてくれました。すなわちその家は三之亟の家だったのでした。
三之亟はこれには困りました。美しい妻を持つことは望んでもない事でしたが、自分一人の生活さえ楽でない、あけくれなのに、妻まで養う力のない三之亟でしたので婉曲に断りました。それを聞くと女はニッコリとうなずいて、食事のことは心配ないと言いました。それやこれやで結局、三之亟はその女と結婚いたしました。
朝、三之亟が起きてみると、妻はいつの間に起きたものか、食事の準備ができあがっていて、すぐ食べれるようになっていました。それにびっくりしたことは、その食事の豪華さでした。三之亟はかつて垣間見た、名主の家の食事よりも、もっともっと立派なものでした。三之亟はそれをいぶかって聞こうとすると、なぜか妻は、食事のことは聞いてくれるなと言いました。
夕刻疲れて帰ってくる三之亟に美しい妻の出迎えがありましたし、おいしい食事も待っていました。そのうちに男の子が産まれたりして、三之亟にはこの幸福は夢ではないかと思わせることがありました。
ある日三之亟は、いつものように妻の出迎えを心待ちに、疲れた足を引きずって帰ってみると、いつもはあかあかと灯の漏れている窓は暗く、子供の泣き声が漏れてくるのでした。不思議に思って声をかけても妻の答えはありませんでした。鍵のかかっていない扉を開けて中に入ると、子供は飛ぶように三之亟の懐に飛びついてきました。そして何か言いましたが、その意味は何であるかは、まだ幼い口からは読み取れませんでした。いぶかっている三之亟の目に、戸棚の戸に挟まっている一片の紙切れがありました。急いでそれを広げてみると妻の筆跡の手紙でした。
それには長い間の恩を謝した後、自分はかつては4年前、子供等の乱暴から救われた蛇であったこと、そのあなたの情を慕い、人間に姿を変えてお仕えさせていただいた幸福を綿々と書かれてあった後、今日不用意にも自分の姿を子供に見られてしまったので、とてもこの家にいられなくなったことに及び、
「私の姿を見られてしまった今後、子供のためには不幸なことですので、私からこの家を去ることにします。もしこれからも子供が何かの事情で泣くことがあったら、あの籔の所まで私を訪ねてきてください。」
と、手紙はこう結ばれていました。蛇だってもいい、と三之亟は一応思ってみましたが、子供のことを考えると諦めざるをえませんでした。
ある夕方、子供があまり泣くので、三之亟は妻を訪ねてみることにしました。例の藪の所で妻を呼ぶと、かつての日の美しい姿で妻は現れました。そして子供に乳を含ませた後、1個の丸い玉を差し出しました。そして、子供が泣くときはこの玉を与えよと言いました。その時妻は、手拭いで美しい顔を覆っていましたが、三之亟はそれにあまり気が付きませんでした。
蛇の妻と別れてからの三之亟は、淋しさを子供によって慰められることになりました。留守中は妻から与えられた丸い玉によって、子供は泣くこともなくすくすくと育っていきました。
ある朝、三之亟が炊事をしていると、隣のおばあさんが火種を貰いに来ました。せっかく昨日もらった火種を絶やしてしまったというのです。
三之亟は喜んで、そのおばあさんに火種をやってから数刻、あまりに子供が泣くのでみると、子供が常に持っている玉がありません。三之亟は青くなりました。そして、どうして無くなったか色々と考えてみました。どうも、今朝来た隣りの婆さまが怪しいと思いました。しかし現場を見たわけでもありませんから、抗議に行くわけにも参りません。思い余った三之亟は、またまた蛇の妻を訪ねることにしました。妻は快く会ってくれました。しかし丸い玉を差し出す妻は、美しい顔を手拭いでしっかり覆っていました。三之亟はどうしたのかと聞くと、しばらくためらっていましたが決心したように言いました。
「実はこの玉は私の目玉なのです。一つならともかく、二つもなくなったら、私の今後は闇の世界です。昼夜の区別が分かりません。生きていく上には困ります。ついてはお願いがあります。昼夜の区別の分からない闇の私に、昼夜を教える方法をお願いします。それは、坊さんに頼んで、鐘をついてもらうことです。夜明けには5つ、日暮れには6つというふうに。私はその鐘の音を数えながら、ああ夜が明けるのだなあと思います。6つを数えながら今日の日も暮れるのだと思います。」
三之亟はその願いを承知いたしました。そして山寺のお坊さんの所へ行ってお願いいたしました。お坊さんもその話を聞くと快く承知してくれました。
その日、夕暮れから山寺の鐘は、いんいんと鳴り響きました。三之亟はその鐘の音を数えながら、妻もあの淋しい藪の蔭で、鐘の音を数えながら、ああもう夕暮れかと呟いているだろうと思いました。