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五人のお婿候補【胆沢の民話⑦】岩手/民俗

『五人のお婿候補』

参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会

ある所に、沢山の財宝に恵まれて何不自由のない生活をしている夫婦がありました。夫婦には一人の娘がありました。その娘は親孝行であるばかりでなく、稀にみる美人でもありましたので、夫婦の喜びようは大変なものでありました。

その娘も父母の限りない慈愛に応えて、順調に育ってくれました。そして年もいつしか17になっていました。17になると急に婿の世話があるようになりました。今と違って昔は、17といえば年頃といって嫁ぎ盛りでありました。

娘の美しく育つことのみに有頂天になっていた父母は慌てだしました。こんな美しくて優しい娘であるから、それに相応した婿を迎えてやらなければならないと考えました。そして降るようにある沢山の婿の候補の中から、なんとか5人だけを選びました。その5人はどこといって欠点のない者ばかりであって、除くのに惜しい者ばかりでありました。だからといってまさか一人の娘に、5人もの婿は無理ですから、その5人の中から誰か一人だけを選ばなければならない訳ですが、それはとても泥中の宝石を探すよりも難しいことでありました。

すっかり困惑した父母は娘に向って、お前で選んだらと話をしてみましたが、親孝行な娘はあくまで父母に選んでもらうと言って聞きません。

そうこうしている間に娘は不幸にも、毒蛇に咬まれて死んでしまいました。掌中の玉を奪われたといいましょうか、娘のあっけない死に父母は毎日毎日泣いてばかりいました。

3日目はいよいよ葬儀という事になりました。野辺で火葬をするのでした。父母はもう娘とは、もう永久に会うことができなくなるのだと言って、朝から取り乱しておりました。火葬場に着いてもオイオイと泣くばかりで、娘の死骸から離れようとしませんでした。

火葬場には5人の婿の候補者だった人も来て、泣き止まぬ父母を慰めていました。

やがて娘の死骸に火が放たれ、紅蓮の炎は野の空に燃え上がりました。野辺の送りに来た人々は、優しい父母と財宝に恵まれはしたものの薄幸だった娘の、冥福を祈って手を合わせました。

とその時一人の若者が、娘を焼く火焔の中に飛び込んで死にました。その若者は娘の婿の候補者の一人でありました。娘の死をいたく悲しんだあまり、娘と死を共にしたのでありました。

娘の骨を抱いて父母は帰りました。その時やはり娘の婿の候補者の一人であった若者は、これは前世の約束でもあったろうと父母の老後をみたいと申し出、娘の家に住むことになりました。

もう一人の若者は、娘を火葬した野辺のほとりに寺を建て、自ら剃髪して僧となり、娘の冥福を祈ることにいたしました。もう一人の若者は、こっそり誰も知らぬ間に自分の家に帰っていってしまいました。

最後の一人の若者も剃髪し、黒染めの衣に身を包み、娘の霊を慰めながら諸国の寺々を巡拝して歩くことにいたしました。

そうして月日に関守(せきもり)なく、いつしか3年の月日が経ってしまいました。父母と共に住むことになった若者は、娘の死によって淋しがる父母を慰めることに一生懸命でありました。

僧となって寺にこもった若者も、霊界にある娘の冥福を祈るのに寧日もない有様でありました。朝早くから夜遅くまで、読経の声が漏れて、道行く人々の袂を濡らさせるのでありました。丁度その頃、僧となって諸国巡拝に出た若者は木曾路を歩いていました。

もう世は春でありました。若草の萌えた野山には暖かい春風が吹いて、空には諸鳥の歌が満ち満ちていました。若者の僧衣は大部色褪せて、所々破れていました。その黒衣からは3年間の苦労のほどが察せられるのでありました。あんなに若々しかった顔には無精髭が長く伸び、かつての日の若者を想像できないほどのやつれ方でありました。

若者は冠った笠に手をかけて、今や沈もうとする夕日を眺めました。宿を求めるにはまだ早いとは思いましたが、相当に疲れたことでもあるし、今日は早く宿を求めて休もうと考えたのでありました。

道添いの一軒家を訪ねて宿を所望すると、留守居らしい老母が喜んで迎え入れてくれました。若者は草鞋(わらじ)を脱いで疲れた足をさすっていると、さっきの老母が台所の方で怒鳴っている声が聞こえました。何事だろうと若者は伸び上って見ると、今帰ってきたらしい少年を棒切れで叩きながら、何かわめいている老母の恐ろしい顔が見えました。

若者は、どんな理由があるかも知れないがあんなむごいことと、顔を覆おうとした時、鬼のようになった老母は泣き叫ぶ少年の首根を掴むと、今盛んに火の燃えている釜の中に投げ込みました。若者はあんまりのことに、立っていって老母の鬼畜のような行為を責めました。しかし老母は若者の言葉が耳に入らぬがごとく、平然としておりました。そしてうるさく言い続ける若者を睨みつけると、

「生き返らせればいいだろう。」

と言い放ちました。

「それはそうだ。」

と若者が言うと、老母は灰になった少年を釜から出すと、その上に何か白い粉のようなものを懐中から出して振りかけました。すると不思議、かの少年はそこに立っていました。

びっくりした若者は考えました。あの白い粉があったら、あの娘を生き返らすことができる。そう思って老母にその白い粉を分けてくれと頼みますと、老母は喜んで分けてくれました。その白い粉を懐中にした若者は3年間の疲れもなんのその、その家への挨拶もそこそこに空を切って飛び出し故郷に帰りました。

故郷に帰った若者は、早速娘を火葬した野辺に、その白い粉を振りかけました。するとあら不思議、3年前の娘の姿そのまま、そこに生き返りました。と同時に娘の火葬の炎に飛び込んで死んだ若者も、生き返って参りました。

それを聞くと娘の両親も駈けつけてきて大喜び、あとの3人の若者たちも集まってきました。

そしていずれまた婿選びの問題が持ち上がることでありましょう。娘は果してどの若者をお婿さんに選ぶことでありましょうか。

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