馬を盗んだ盗人【胆沢の民話⑮】岩手/民俗

『馬を盗んだ盗人』

参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会

盗人の名人がありました。名人と言えばおかしいですが、その盗人は、何日何時頃と予告して盗るので、その時刻に注意していながら、まんまと盗まれるのでみんなから驚かれておりました。

ある長者(金持ち)がその盗人に、自分の所の馬を盗んでみよ、と言いました。長者の所には馬が5頭おりました。5頭一緒に盗んだら、その盗んだ5頭の馬を全部くれてやる、と言うのでした。

盗人はそれを受け、何月何日の夜を指定してきました。

さあ長者の家では大変でした。使用人の中から力のある何人かの若者に、盗人に対処する特別な訓練をすることになりました。

そうこうするうちに指定の日がきてしまいました。その日は朝から、特別の訓練を受けた若者たちは仕事を休ませられ、酒肴が出ました。長者も何回となくその若者たちを呼んで激励しました。

夜になると、各々予め定められていた部処に着きました。そして各々には、それぞれ任務がありました。例えば、盗人発見のためいち早く全員に知らせるための鉦(皿状の鐘のような楽器)を叩くもの、法螺貝を吹くもの、明かりを灯すものといったふうでした。

夜の12時頃になると、誰か一人あくびをしてしまいました。朝からの美食と満腹には、自然と眠気を催したのです。それが電波のように全員に拡がりました。そして1時間後には、全員すやすやと心地良げに眠ってしまいました。

その様子を天井にいて眺めていた盗人は、静かに降りてきました。そして全員の帯に縄を通して、数珠繋ぎにしてしまいました。その上持っている物もみな換えてしまいました。鉦を持っているものには笊(ざる)を、法螺貝のものには火吹竹を、明かりを灯す役には火打石を爪楊枝に換えておきました。

5頭の馬を繋ぎ終わった盗人は、ゆうゆうと馬屋から馬を出すと、扉を払って大声で言いました。

「おうい、みんなの衆、大盗人様は馬を貰って行くぞお」

と怒鳴りました。

いくら寝坊でもこの大声には目を覚ましました。慌てた若者たちは鉦を叩きましたが、笊が鳴るはずがなく、火吹竹も鳴りませんでした。それのみか、せっかく明かりを灯そうとしても、後ろから腰を引っ張るものがいて、一向に目的が果たせません。まさか一人一人腰に縄が巻かれているとは知る由もありません。

結局は盗人は悠々と出ていきました。みんなの騒ぎに目を覚ました長者が起きてみると、5頭の馬を引いた盗人が、小唄を口ずさみながら門口を出ていくところでした。

おのれの賊に高慢の長者が、盗人を侮った報いというところでしょうか。