見出し画像

啄木鳥になった茂平【胆沢の民話⑱】岩手/民俗

『啄木鳥(きつつき)になった茂平』

参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会

崖下の茂平のことを誰も名前を呼ばなくなりました。お人好しで一人暮らしの和尚さんを、ごまかしてばかりいるので、誰言うことなく「テラツツキ」と呼ぶようになりました。

「アレ、今日もテラツツキが行くぞ。」

薄汚れの手拭いで頬冠り(ほっかむり)して、尻端折(しりはしょり、着物の裾を捲し上げること)をした茂平が、いそいそと寺の門をくぐるのを見て、村人たちは囁き合いました。

村人たちの噂の通り、茂平は和尚さんをごまかすことに悪知恵の長けた人でありました。

今日も和尚さんが檀家の法要があってから帰ってきたのを見ているので、巧いこと言って法事のお菓子を2つ3つごまかしに行くのだと、村人たちの囁きでした。

噂の通り茂平は、ガラリと庫裡(くり、寺の台所)の戸を開けて和尚さんを呼びました。和尚は法事のお菓子を広げて眺めていましたが、嫌な奴が来たと急いで菓子を隠してしまいました。のそのそと座敷に上がりこんだ茂平は、ハハア和尚さんがお菓子を始末したな、と思いながら、さあらぬ態で用件を話し出しました。それは、来年は父の三十三回忌に当たるので法要を営まねばならないが、来年は東方朔(とうほうさく、中国の偉人、お笑いの神様?)で大凶と出ているので、今年に繰り上げてやろうという事でした。和尚さんは少しでも実入りになるのでニコニコしながら膝を勧めました。

「して、相談とは。」

茂平の相談は菓子のことでした。お菓子屋とも相談したいから見本をというのでした。お人好しの和尚さんは騙されたとは知らずに、今日貰ってきたばかりの法事菓子を2、3個出しました。

「では借りていきます。」

と茂平は菓子を懐に入れると寺を出ました。その後、勿論茂平は法事はしませんでした。

またある日、茂平が寺に来ている最中、和尚さんは醤油の切れていることに気が付きました。まごまごしていると、それを察した茂平は自分が買ってくるからと言いました。和尚さんは度々ごまかされているので嫌でした。この前も10銭代買ってくるように頼んだのに、実際は8銭代しか買ってこなく、2銭はごまかしているのでした。でも茂平はせっかく言うものですから、和尚さんは考えて1銭代買わせることにしました。まさか1銭はごまかしようがないと思いました。

四合瓶をさげた茂平は醤油屋の前に立ちました。そして瓶いっぱい醤油を入れてもらいました。お金を払う段になって、茂平は困った風をしました。金を落としたというのです。醤油屋では仕様がないといって、せっかく詰めた醤油をあけて、空瓶を茂平に渡しました。

茂平は寺に帰って、その空瓶を和尚さんに差出しました。1銭代の醤油を買ってきたというのです。なるほど醤油は少しばかり便の底にたまってありました。

またある日、和尚さんは茂平に馬の爪が伸びていることを話しました。和尚さんは馬がとても好きで、1匹の馬を飼っていました。それで和尚さんは茂平に、馬の爪を切ってくれと言うのでした。茂平は承知して寺の馬舎から馬を引き出しました。

茂平は馬を引きながら悪いことを考えました。馬を売ってしまおうと思ったのです。そして和尚さんには馬に逃げられたと報告しようとしたのです。

茂平はその通りにしたのです。馬を売った金はそっくり自分の懐中に入れて、寺の近くになると慌てたように駈け込みました。

和尚さんは最愛の馬に逃げられたものですから非常に悲しみました。三日も四日も家の中に閉じこもって悲しんでおりました。

馬がいなくなってから1週間目、和尚さんは茂平が馬に蹴られて死んだことを知らされました。茂平の家には馬がいなかった筈だがと和尚さんは思いました。

茂平が朝、戸を開けると、いきなり馬が飛び込んできて蹴ったらしいと言うのでした。その馬はすぐ逃げてしまったが、その逃げていく馬を見た村人は沢山いて、なんでも、元寺にいた馬のようだと云いました。

茂平の葬儀の日、座敷から飛び出した一羽の鳥がありました。その鳥は木に留まると長い嘴で、盛んに木をつついていました。啄木鳥でした。

村人達はその鳥は茂平の化身ではなかろうかと噂し合いました。あんまりケチをしたから、物はみな木の中に入ってしまったので、ああして掘り出しているのだと言いました。

村人達はその鳥の名をテラツツキと言うようになりました。