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タデ沼の主【岩手の伝説⑦】

参考文献「いさわの民話と伝説」 編:胆沢町公民館


言い傳えによると昔、蜂谷の人達は、水沢の町に出ることを非常に恐れていたといわれております。

その訳は、今のところ、どういう理由によってか明らかにされてはおりません。

ですから生活必需品を買うためとか、生産品の販売のためには、水沢に出る道より二倍も時間のかかる難所の永岡の道路を通って、金ヶ崎の町に出たということです。

その道は、尿前川を太郎左ェ門という所で越えて、タデ沼に出ます。

そこから鍋割山を越え、荷鞍サバキを通って札場にかかり、永岡と若柳の境の一本杉~銭干し~高梨を通って金ヶ崎にという、すごく遠い道でありました。

昔、那須与一に追われた蜂谷冠者定国、定義の兄弟は、唯一の隠れ場所としてみちのくを選んで東上落ち延びてきました。

途中、弟定義は兄定国と別れて、宮城県宮城郡広瀬川の上流の山中に隠れていましたが、たまたま川に流した飯箸から住家を発見され、打ち首にされ相果ててしまいました。

兄定国は、胆沢の地に隠れ家を探して歩き回りました。

その最中、大事な鍋を落として割ってしまいました。

その所は「鍋割り」として、今に残る地名であります。

散々山中を歩き回った定国は、菅沼を発見し、屈強の隠れ場所とて住むことになりました。

※屈強な・・・きわめて頑丈な。

隠遁の身とはいえ、豪壮なその舘は、今尚残る土台石から想像されるのであります。

菅沼に住む定国は、忍びで始終金ヶ崎に出ており、その往き来の出来事が、事件にくっつけて地名として残されております。

それを二三紹介さしていただきます。

定国は金ヶ崎で用事を済まして帰る途中、俄雨に遭いました。

あいにく雨具の準備もなかったので、滝のような雨で全身びしょ濡れになってしまいました。

その上、常なら僅か馬の蹄を浸す程度だった小川も氾濫して、危うく馬もろとも濁流に呑まれるところでありました。

辛うじて丘の上に登った時は、さっきの雨は嘘のように晴れ上がって、強い日射しがカンカンと照っていました。

定国は急いで財布から銭を取り出すと、その丘の上に広げて乾かしました。

今に残る「銭干し」の地名が即ちそこであります。

銭干しから間もなく行くと、坂が急になる所があります。

定国の荷馬がしょっちゅう苦労する所であったらしく、いつの間にか荷鞍を割ってしまったと言っています。

「荷鞍サバキ」の地名はそれから生まれたといわれています。

その頃、タデ沼の主が岡に現れて、通行人を殺めるという噂が定国の耳に入りました。

定国は、始終世話になっている附近の人々が、タデ沼の怪物に殺められるということは悲しい事と思い、その怪物を退治することが附近の人々の好意に対するお礼でもあると決心しました。

或る日、定国は単身怪物を退治すべく、タデ沼のほとりに立ちました。

密林に囲まれたタデ沼は青々と澄んで、無気味なほど静かでありました。

時々、小獣に追われる小鳥の叫び声がするだけで、水面には細波一つ起こりませんでした。

足元の危険な崖を下りた定国は、やがて沼の水際に立ちました。

そして沼の主である怪物の姿を求めて、四方を眺めました。

しかし沼は上から眺めたと同様、静かでした。

定国はふと、村人達が騒ぐ怪物というのは、実は嘘ではなかろうかと思いました。

こんな静かな場所で、人殺しなどという殺伐な事件が起こるなどということは、想像もできませんでした。

むしろそうした静かな環境にいると、自分の過去が思い出されて、センチメンタルな境地にさえなるのでありました。

沼の中には小さな島が一つありました。

短い草が島いっぱいに生えていて、中には何の花か知らないが紫色の花が数本混じっていました。

定国はその島に渡って見たい誘惑におそわれました。

彼は色々苦労してその島に渡ることができました。

その時、驚いて島から水面に躍り出た小蛇を発見しました。

定国はその時、自分が周辺の景色の美しさから、沼の怪物を退治するということを忘れていたことに気が付きました。

そして急いで背負っていた矢を下ろして一本一本調べてみました。

島から飛び出したさっきの小蛇は鎌首をもたげながら、さっきから休みもなく島を巡り泳いでおりました。

定国は不思議な小蛇だと思いながら、しばらく眺めておりました。

これはただものではない、そう気が付くと間髪を入れず、矢をつがい、小蛇の頭を目掛けて、ヒョウーと放ちました。

弓を離れた矢は過たず、小蛇の頭にブスリと当たりました。

と次の瞬間、小蛇は金の大蛇となりました。

そして島にいる定国の体を、グルグルと七巻き半にしてしまいました。

しかし大蛇はすでに頭を刺されているものですから、そのまま動かなくなってしまいました。

それからはタデ沼には主が現れなくなり、住民は安心してその道を通れるようになったということです。

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