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屁っぴり嫁ご【胆沢の民話⑭】岩手/民俗

『屁っぴり嫁ご』

参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会

いい嫁に恵まれて喜んでいる姑に、この頃心配なことが持ち上がってきました。それはここ4、5日前から嫁の顔色の優れないことでありました。姑はそれとなく聞きますが、嫁はニッコリしながら横にかぶりを振るだけでありました。

それがニッコリが消え、かぶりもしなくなったので姑は、

「何でもないという事はなかろう。あんまり顔色も冴えないし、正直に言ったらどうだ。」

そうしたら親切な姑の言葉に、嫁の頑なに閉じられた心も解け、聞き取れないような声で言う言葉は、かくかくしかじかでありました。

それは、嫁には変な癖がありました。いや習慣かもしれません。屁をひることです。それも10分間おきくらいですから頻繁と言わざるをえません。

顔を真っ赤にして告白する嫁を見て、姑は気の毒にもなり、ニコニコしながら、

「何、屁ぐらい、遠慮することござえん。」

と慰めました。その慈愛に満ちた姑の声を聞くと、嫁は救われたように、10日間以上を我慢していた屁をひることになりました。

「ではひらさしてもらいます。お母さんどうぞ柱に掴まっていてください。」

嫁はそう言うと、姑がまだ柱に掴まるか掴まらないかの間に、尻をまくり一発放ちました。その轟音は危うく柱にしがみついている姑を吹き飛ばすところでありました。その風圧、いや屁圧の強大なることかくの如きですが、それよりもひどいのはそれに伴う臭気、辛うじて飛び出したから窒息から免れたものの、屋外に飛び出して樹木にすがり、あたかも毒ガスの襲来に脅えている、防毒面を持たぬ兵の如く惨めでありました。

すっかり参った姑は、想像以上の事態に呆れるというより、恐怖を感じ、嫁に暇をやることになりました。僅かの着物を入れた行李(柳や竹を編んでできた箱)を背負って、姑の後ろに随った(したがった)嫁は実に惨めでありました。華やかに着飾って嫁入りしたこの道路、あまりにも違いすぎる境遇、嫁の目からはボタボタと涙が落ちるのでありました。

路半ば頃にきますと、大きな柿の木がありました。その柿の木には真っ赤に熟した実が累々となっていました。それを仰ぎ見た姑は、

「うまそうだな、食べたいナ。」

と呟きました。しかし柿の実は地上から遥かに上の方にばかり実っているので、木には登れないし、石も柿の実のある枝まで投げれそうもないこの姑と嫁には、取るという訳にはいきませんでした。

「お前、もげないか。」

姑は、屠所にひかれる羊のように後に着いてきた嫁を、初めて振り返りました。嫁は柿の実をしばらく仰いでいましたが、

「私、落してみましょう。」

といいますと、その辺から石を一つ持ってくるとそれを跨ぎ、尻をひったくりました。

「お母さんご免なさい。」

と言ったかと思うと、一つぶっ放しました。凄い屁圧によって、石ころは軽々と天空に上がりました。それが柿の木の中段頃に消えたかと思うと、バラバラバラと柿の実が雨のように落ちてきました。石が柿の枝にぶつかると、その反動で外の枝にぶつかります。それが数回も繰り返されるのですから、雨の降るように柿の実は落ちました。

とにかくこうして姑は、柿の実をたんまり賞味できました。嫁の屁のお蔭という事になりました。

姑はしばらく考えました。屁といって嫌っても、屁も利用方法によっては重宝なものである。そうだおれは嫁の屁を利用してみよう。臭いといったって10日間以上も貯えておくから発酵して臭くなるので、適宜に放出してやれば、あまり臭くないはずだ、現に今日なんかあまり臭くなかったようだ、と考え直して、その柿の木を一回りして、今来た道の方へと嫁を連れて戻り、うまく納まったという「屁の功徳の」お笑いでございます。