見出し画像

餅の功徳【胆沢の民話⑤】岩手/民俗

『餅の功徳』

参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会

昔、越後の国の六部さんが、諸国を巡る折、秋田からこっちへ越えてくる時、下嵐江(しもおろしえ)まで来ないうちに途中で日が暮れてしまいました。仕方がないので大きな木の下で笈(おい、背負い箱)にもたれて眠ってしまいました。

真夜中頃、目が醒めてみたらあったはずの空が墨を流したような真暗闇になっていました。はてな、どうしてこう暗くなったろうと思っていると、暗の中から赤鬼と青鬼が出てきました。それが六部さんに向かってくるようでもないので、六部は息を詰めて見てると、ドスンと音して大きな石の臼をそこへ立てました。鬼どもは大きな金の打ち杵一本づつ持っているので、何をするところだと思って見ていると、赤鬼が、

「コカワ、コカワ」

って呼んだところ、やがて何所からともなく一人の人が手をすくめ、背中を丸めて悲しそうにして出てきました。

2人の鬼は、

「さあ、今夜も始めるぞ。」

と言ってコカワと呼ばれた人を臼に入れて、二人の鬼はつき始めました。はじめは泣き叫ぶ声が山中に響いていたが、だんだんその声も聞えなくなり、臼の中はキビダンゴの粉を練ったようになってしまいました。二人の鬼は今度はそれを練り人形のようなものを作っていましたが、それが先に出てきた時のコカワになっていました。

「明晩もこれだぞ」

と言って鬼は何処かへ行き、コカワも居なくなったと思ったら、空は元の星空になっていました。

六部さんは汗ビッショリかいて本当に目が醒めたようになったが、

「さてさて、モゼ(かわいそうな)人を見てしまった。何とかして助ける手立てがなかえか。」

と考えましたが、何ともうまい考えが浮かんできませんでした。

次の朝、夜がすっかり明けないうちに六部は出かけ、下嵐江から谷子沢・石淵・馬留・天沢など家々やお堂など巡ったり拝んだりしてきたら、市野で日が暮れてしまいました。一軒家に寄ったら餅をついておりました。六部は早速、貰ってきた米と取り換えて紅白の餅をついて、丸く取ってもらいました。泊っていけと言われたけれども、今夜は用があるからと、泊まらないで出かけました。その家の父様は、俺も一緒に連れていってくれと頼んで、共に出かけました。

六部さんは背中の笈の上に、その丸い餅を二つあげて

「何とかコカワさ届くように。」

と拝みながら、街道から少し山に入って大きな木を探し、丁度いい塩梅な大木の蔭に宿をとって、一生懸命拝みながら夜中になるのを待っていました。

夜中になったところまた、前の晩のように真暗闇になり、赤青の鬼が現れ

「コカワ、コカワ」

と呼びました。そうすると前の晩の人が出てきましたが、その晩はその人の両手に、紅白の丸い餅が二つ捧げ持たれてありました。鬼は餅を一つづつ取って

「今夜は許す。」

と言って居なくなりました。コカワも居なくなって、また、元の星空になりました。

という訳で、その晩はコカワは苦しむことなしに済みました。そのコカワというのは、餅をついてやった父様の子供だったと。それでその父様は、それからは一日も休みなく、お仏様に餅のお供え物をするようになりましたと。