犬の恩返し【胆沢の民話㉒】岩手/民俗
『犬の恩返し』
参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会
昔々、西の家にも爺さん婆さんが、東の家にも爺さん婆さんが住んでいた。
ある時、川へ今今(たった今)死にそうな犬の子が流れてきて、西の家の揚げ場に引っかかった。西の爺さんは、
「なんだ、こんな汚い犬など。」
と言って、それを取って揚げ場の下に投げてやった。それが流れてきて東のお爺さんは見つけて、
「これはもぞい(可哀想な)犬の子だ。」
と拾って帰った。
東のお爺さんとお婆さんは大変親切にして犬を育てた。おらには子供も孫もないので授かったのだと、名もシロと名付け、子供のように大事に育てた。犬は大きな、丈夫な、賢い犬になった。
ある時、犬が言うには、
「西の方の山にシシ(鹿)がいるそうだが、シシ取りに行かねえがすか。」
と相談かけられたど。
行くことになり、お婆さんは御馳走を食わせてから、弁当を2人分作って、お爺さんはマサカリ背負って行くべとすると、シロは、
「マサカリと弁当をオレさ付けらっしぇ。」
と言う。
「エライ(疲れる)がべがらいい。」
と言っても、付けさせ、今度はお爺さんを、
「どうぞ背中に乗ってくなさい。」
と背中に乗せて西の山の方さ行った。
やがてシシの沢山いそうな所へ着いて降り、荷物も下した。シシが出てきたら、シロはひとりで向ってたちまち仕留めてしまった。沢山シシがいたども、まず1匹でいいからと、それを背負って帰ろうとすると、シロはオレさ付けて、と言う。それから道具も付けさせ、お爺さんも乗せて帰った。
お婆さんは家で待っていて、大きなシシを取ってきたので、
「なんたらご苦労だった。」
とさっそく料理して、翌朝シロにも食わせ、お爺さんお婆さんも食べていると、西の家のお婆さんが、
「火の種を無ぐしたがら、火の種を貰いに来た。」
と言って来た。ところが、なにもかにも美味そうないい匂いがする。
「なんたら、いい匂いするべ。」
と言ったので、東のお爺さんは、こういう訳でシシ取ってきたから、一杯御馳走してやった。
西のお婆さんは家へ帰って、そのことをお爺さんに語った。西のお爺さんは、
「そったないい犬なら、お婆さんお前行って、その犬借りてこい。」
と言ったがお婆さんは、
「あんなにめげがっている(可愛がっている)犬を貸してけろなんて、おらやんた(嫌だ)。」
と言うので、お爺さんは、
「そおだらおれが借りてくる。」
と東の家にやってきた。
「こっちの家ではまず、どこで生まれで、どこでおがした(育てた)のだが、犬こぁ、大きなシシ取ってきたづらが、なんたらいい犬飼ってだんだべ。
どうが、おらえさ、ひして(おらの家に1日)貸してくねえ。」
と頼んだど。東のお爺さんは、
「こういう訳で流れてきたのだ。本当ならおらえより先に、お前さんの家の揚げ場にひっかがるはずだが、不思議なごどに、おらの家の揚げ場さひっかかって。拾ってきて子供と思って大事に育ててきたのだから、とっても他の家さは貸されねがす。」
と断った。西のお爺さんは思い出した。そう言えば、ずっと前に揚げ場さひっかかった犬の子を、こんなものと思って川下さ流してやったことがあると思い出し、
「さてさて、いたましい(惜しい)ことをした。」
と思ったが今さらどうにもならない。是非とも貸してくれと頼み、東のお爺さんも、隣同士で是非にというのを貸さないのもうまくないと、やむなく貸すことにした。
シロはやんたがった(嫌がった)が、西のお爺さんは縄かけでギリギリ連れでった。
そして朝飯もろくろく食わせないで、弁当もお爺さんの分だけ用意して、犬が何とも言わぬうちにマサカリを付け、我も乗り西の山の方さ行った。
山さ入ったがなんぼ行ってもシシはいない。いないいないと奥の方奥の方と入っていった。
犬は、人が違うし、ろくろく食わせられないため、疲れてあっちさ突き当り、こっちさぶっつかりしながら歩いていたが、折悪しく蜂が飛び立って、犬にも爺さんにも所構わずたかって刺した。
お爺さんは犬から転げ落ちた。そこをまた刺された。一生懸命逃げて、ようやく蜂のいない所まで行って、うんと犬を怒った。腹立ち紛れにマサカリで殺してしまった。そして道脇にサッとばかり穴を掘って埋め、そこにウツギの木を折って刺して帰ってきた。
西のお爺さんは、随分遅いから、なんぼか大きなシシ取ってくるかと、大きな鍋など用意して待っていたが、お爺さんだけ顔だの手だのぽっぽり腫れがらして帰ってきた。
「シシは何じょにしたどす。」
と聞くと、
「何、シシも何も、とんでもない犬だった。なんだってかんだって、オレさとんでもない仇(あだ)した。オレのツラ見てけろ。こうこう、こういう訳で、ぶっ殺して埋めてきた。」
と話しているところへ、東のお婆さんが、帰りが遅いので何じょなったべと
アジコト(心配)して迎えにきた。
東のお婆さんは訳を聞いて、たまげてしまって、挨拶もろくにしないで飛んで帰ってお爺さんに告げた。お爺さんも怒ったり悔しがったりして悲しんで、シロを貸したことを悔やんだが、生き返る訳でもなし、次の朝早く西の家に行って、
「子供のつもりで育てていたのを、死んだ姿を見たいし、家のそばさ葬りたいから、その場所さ案内してけらしゃ。」
と頼んだ。
2人で昨日の山に行って、埋めてウツギを刺した場所へ行ってみたが、ウツギ一枝刺したのが無くて、手も回らない程の大木が生えている。西のお爺さんは、場所が違ったのでないかとよくよく見たが、間違いなかった。ウツギの下掘ってみたども、犬の死体はなくなっていた。東のお爺さんも不思議に思ったが、シロの一念でそうなったのだべと、一旦帰って木切道具を持ってきて、その木を玉切りにして背負って家に帰った。
「お婆さんや、この木はシロの形見だが、何を作ったらえがべし(よかろうか)。」
と相談した。様々に考えたが、
「スルス(すり臼)がぼっこれて(壊れて)困ってたが、塩梅良い木がなくて、こさえかねてたが、この木は丁度良い塩梅な太さだから、それにしますべ。」
と言う。お爺さんも、
「なんたらいいとこさ気付いた。ではスルスを作ることにすべ。」
と、スルス作りを呼んできて作ってもらった。
「さあスルスできた。かめる(すれる)かかめないか、塩梅見に今日はスルス引きしてみべ。」
と内庭にムシロ敷いてスルスを据えて、籾を3掴み4掴み入れて、お爺さんとお婆さんが手をかけて回してみると、とってもいい音がして軽く回り、
「爺さんの前さは金落ちろ、婆さんの前さは銭落ちろ。」
と音がして、ザングザング、ザングザングと金が落ちた。
「やあやあ、たまげたこともあるもんだ。これもシロのご念だべ。」
とお礼を言い言い、スルスを止めて金をカンバ(一種の入れ物)で計って、オカ(家の板敷きの部屋のこと)に上げて並べていた。
そこへ西のお婆さんが何か用があったかして来て、金が並んであるのを見て、たまげて、
「こっちの家でぁ何としたもんだ。どっからこのような大金を出したのですあすか。」
と聞くので、
「お前様の家さ貸したシロを、お前様のお爺さんが短気起こして死なせてしまったが、お前様の爺さんがそこさ刺した木が大きくなったので、それでスルス作ったのだが、そいつで籾を引いたれば、この通り銭金が出てきたのです。」
と聞かせた。
西のお婆さんはすぐ家に帰ってお爺さんに、
「まずまず、東でぁにわかに大金持ちになったもんだ。」
こうこう、こういう訳だと聞かせた。西のお爺さんも金が欲しくて堪らなくなった。
「そういうスルスならオレだって縁がない訳でない。オレがウツギを刺しておいたからこそ、スルスを作ることができたのだ。お前が借りてくるのがやだら(嫌なら)、オレァ行って何でもかでも借りてくる。」
と東に行って、
「スルス貸してくんさい。」
と頼んだ。
「こいつぁ亡くなったシロの形見で大事な物だから、これだけは人に貸したくながす。」
と言ったが、ほんにいっときま(本当に一寸の間)でいいから何としても貸してくれと言うので貸してやった。西のお爺さんは、
「婆さん、婆さん、借りてきた。内庭さムシロ敷いてしつけろ(据え付けろ)。」
と早速スルス立てて回した。いっぱい金落ちればいいと思って力入れて回したれば、軽けからクルクル回って、
「爺さんの前さクソ落ちろ、婆さんの前さダラ(大量の人糞)落ちろ。」
というように聞こえて、アッという間にそこら中クソだらけになって、家の中じゅう臭くて居られないようになった。
とってもこんでえ(これでは)居られないからと、二人で水かけかけ大掃除した。
「東の家でぁとんでもない物を貸してよこした。オレには悪縁の物だ。返すことも何もない。」
と怒って、スルスをマサカリで割って炉にくべて、掃除する時、水かかって寒くなったので、背中あぶりしていた。
東では、西のお爺さんが、いっときまと言って借りていったのに、晩方になっても次の日になっても返しに来ない。3日経っても5日経っても返してこない。
「米こしらねば食うのがなくなった。スルス引かないばならねくなったが、待ってても分かねから、行ってくるべ。」
と東のお爺さんが西へ行って、スルス使わなければならなくなったから返してもらいに来た、と言ったら、スルスはないと言う。
「ないと言ったって、そんでは米のこしらえようがなくなった。それより、あれは亡くなったシロの形見だ。ただ無いでは分からない、どうした訳であす。」
と聞き出すと、
「金出すなんて嘘語って騙された。金など出ないで、何もかにも家中じゅう臭くなってしまって、水かげかげ大掃除したれば、寒くてしょうがないから、割って焚いで当だった。」
と言われた。東のお婆さんはガッカリして、
「何もっても(言っても)燃やしてしまったのでは、どうにもならない。だどもシロの形見だ。その時のアクばりもないがすか(灰だけでもないですか)。」
と聞くと、
「その灰なら厠さ持ってったがらあるべ。」
と言われ、ザルこに入れて持って帰って、お爺さんにそのことを告げ、二人で泣いて、その灰を拝んで大切に棚に供えた。
お爺さんとお婆さんは、ザルこさ入れた灰を棚に上げて、毎日ご飯だの供えて拝んでいたが、2,3日経ったとき拝んでいたら、ザルこの中で何か音するようだ。お婆さんが、
「なんだべ。」
と聞き耳を立て、お爺さんが、
「灰が崩れるか、落ち着くとこだべ。」
って言ったども、何だか語るようだ。
「雁のマナク(目)さ、もの入れ。雁のマナクさ、もの入れ。」
と聞こえるようだ。
「ハテ、何のことだべな。」
と、お爺さんとお婆さんは不思議にしていた。
次の日だか、次の次の日だか、お空の遠くの方で何か音がする。それがだんだん近づいてきて騒がしくなってきた。
「なんだべ。」
とお爺さんが外に出てみると、大変な数の雁が空いっぱいになって飛んでくる。お爺さんは見たこともない沢山の雁だから珍しくて、屋根に上がって見てた。そして、その時気が付いた。
「お婆さん、お婆さん。あの灰持ってきてのべてけろや(渡してください)。」
と言った。お婆さんは大急ぎで棚から灰を下ろしてきて、お爺さんに差出した。お爺さんはその灰を一握り、
「雁のマナクさもの入れ。雁のマナクさもの入れ。」
と言って空に投げ上げた。したらたちまち5、6羽の雁が落ちてきた。お爺さんとお婆さんは、これもシロのお蔭だと話し合いながら、雁汁をこしらえて食べていた。
そこへまた、西のお婆さんが何か用があるかして来たら、なんとも美味そうな良い匂いがする。
「なんたら良い匂いするだべ。何なもんであす。」
と聞いた。東のお爺さんは、
「これは雁と言うもんで、ウンと高い所を渡るから、弓も何も届かないので、並々では手に入らないもんだが、おらえ(私の家)でぁ幸いというだか何だか、お前さんの家から持ってきた灰を撒いたれば落ちてきた。これもシロのお蔭だって語りながら食べてたところだ。いっぱいあがらっしぇ(おあがりなさい)。」
と御馳走した。
西のお婆さんは用を達すのも忘れてすぐ家に帰って。
「たまげて美味い物、雁汁を御馳走になってきた。」
と訳を語った。西のお爺さんは、おらも雁汁食いたいもんだと、東に行って、灰をけてけろ(ください)、と頼んだ。東のお婆さんが、
「持ってがしやえ(行きなさい)。」
とザルがらみ(もろとも)持ってきてつんだし(差し出し)たら、西のお爺さんはザルさ少しばかり残して、あらまし(大部分)持っていった。
間もなく空の向うの方から賑やかな音がして、
「ヂヂのマナクさもの入れ。」
というように聞こえたが、
「アァ来た、来た。」
と灰を持って屋敷の上に上がって待っていた。
やがて頭の上に雁が来たので、灰を上の方に振り散らした。だども、雁は一羽も落ちてこない。撒き方が足らないのかと思って、辺りが見えなくなるくらい撒いた。そんでも一向に雁は落ちないで、お爺さんの目に入って、お爺さんは屋敷から転げて下へ落ちた。
お婆さんは、灰で辺り見えないが、大きな雁が落ちてきたと思った。雁汁の支度しようと、炉端で杓子かスリコギ持っていたが、それで雁が生き返って飛ばれてはと、お爺さんの体をところ構わずはたき回ったとさ。
生き物を苦しませたり、あまり人真似するもんではないとや。ドンドハライ。