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早稲田の古文 夏期集中講座 第13回「沙石集」について

早稲田の教育学部で2021年、「沙石集」が出題されました。Z会の『最強の古文』によると、1283年「無住」禅師により編述されたそうです。

一般に仏教説話は教訓的なものが多いのですが、この作品は教え導く教導的なものというよりは、滑稽さなどの庶民感覚が反映されており、後の時代の笑話へと道を開くものとなっているそうです。(同書解答解説P105)
 
 このテキストの問題文に取り上げられたのは巻第五末の九八哀傷の歌の事)で、和歌というものは「綺語(きぎょ)」と言うような粉飾を施したうわべだけの言葉で、つまらぬ風流韻事に心を傾けて、無益な思いを歌ったり、汚れた心をもって心にもない事を詠んだりするのは罪深いことである。

しかしながら、離別・哀傷の心の切なる場合に、胸中の思いを率直に表現して、濁世の諸縁を忘れて、心を澄ませて静かな境地に至るならば、和歌は仏道に入る方便となるであろう、としています。(同書解答解説P105)

虚栄心や見栄を張って心にもない綺麗事と虚飾を飾り立てることは罪深い事だというのです。離別の苦しみは生別・死別を問わず、一切皆苦という苦しみの一つです。出会ったものは必ず別れがあるということです。

また人の悲しみを通して静寂なる境地へと深く心を澄ませていくなら、仏道修行の究極の目的である涅槃寂静の境地に至ることも可能です。そのような所から歌道即ち仏道と言えることになる訳です。

このテキストでは、西行法師が、崇徳上皇(讃岐院)の御墓に詣でて、かつては

「四海の帝王として九重の台(うてな)にあがめられておはせませし事」

を思い出して、今は「辺州のかすかなる松山の苔の下にうづもれておわします事、無常転変の世の理(ことわり)」と思い知ることをあげています。ここで「あはれにおぼえけるままに」うたった歌が有名な歌なのです。

よしや君 昔の玉の ゆかとても
かからむ後は なににかはせむ

<現代語訳>
  たとえ君が、昔は立派な金殿玉楼にお住まいになられた方でいらっしゃっても、こうしてお墓の下になられた今は、何のかいがありましょう。(西行法師作 『山家集』 (同書解答解説P107)


『沙石集』の作者、無住禅師にとっても、西行法師の歌が、歌道即仏道の理想を体現する理想だったのでしょう。これは中世の作品に共通する時代精神として無視できないものと言えるでしょう。

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