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徳の風は吹いているか 【『論語』『左伝』に学ぶ】

季康子問う。
民をして敬忠にして以って勧ましめんこと、これ如何いかん
子曰く、
これに臨むにそうを以ってすれば則ち敬す。
孝慈なれば則ち忠なり。善を挙げて不能を教ふれば、則ち勧む。

【現代語訳】
季康子が「人民をしてかみを敬い、君に忠に、善を為すに熱心ならしめるには、どうしたらよいでしょうか。」とたずねた。
孔子が言われた。
荘重そうちょうな態度で人民に接すれば、人民は上を敬うようになります。上たる者が父母に孝の態度を示し、子孫を愛すれば、人民は君に忠になります。善人を引き上げ能力の至らぬ者を教導するようにすれば、人民は自然と善をはげむようになります。」

『論語』為政第二篇

季康子、まつりごとを孔子に問ふ。
孔子こたへて曰はく、
まつりごとは正なり。
ひきゐるに正を以てせば、たれへて正ならざらん。

【現代語訳】
季康子が政治のやり方について質問した。
孔子が言われた。
「政は文字から見ても正ということであります。上に立つあなたが率先して正しき道を行われたならば、人民たちは、誰が正しくならぬ者があるでしょうか。」

『論語』顔淵篇

季康子、まつりごとを孔子に問うて曰はく、
道を殺して、以て有道にかば、何如いかん
孔子こたへて曰はく、
子、まつりごとを為すにいづくんぞ殺を用いん。
子善を欲して民善なり。
君子の徳は風、小人の徳は草。
これに風をくはふれば必ずす。

【現代語訳】
季康子が政治について孔子にたずねた。
「国が治まらないのは人民に無道の者がある故だから、無道の者を殺して人民を道有る方へおもむかせるようにしたらいかがなものか。」
孔子が答えて言われた。
「政治をするのに何で『殺す』必要があるのでしょう。あなたがまず善を欲するならば、民はおのずから善になります。上に立つ者の持前は風のごとく、下に在る者の持前は草のごとくでありまして、草は風があたればその方向になびくものであります。」

『論語』顔淵篇

魯国の哀公の時代、季氏の頂点に立っていたのが季康子でした。
彼は政治の要諦について、孔子に何回も質問をしています。
彼の質問や言動を見ていると、上に立つ者が正しい道(善なる道)を実践していなければ、下の者が正しい道を歩むはずがないという、実に単純な理屈が分かっていなかったことがわかります。
自分は不正不善の道に染まっていながら、目下や民には善行や正道を求めました。不正を見つけ次第、片っ端から処刑していたという記述もあることから、自分の事は棚に上げて、かなり厳しい政治を行っていたようです。

子曰く、
其の身正しければ、令せずして行はる。
其の身正しからざれば、令すと雖も従わず。

【現代語訳】
孔子は言われた。
政治をするには、上に立つ人の品行が第一である。
その行状が正しくて衆人の模範になるようならば、命令せずとも行われるが、不正をはたらきながらいくら命令しても、人民は服従しない。

『論語』子路篇

命令や規律、規範というものは、トップに立つ者がモデルとなって、その見本を示さない限り、誰もその人の言うことに従いません。
言葉で一つひとつ命令しないと部下が従わないようでは、もうリーダーシップは崩壊しています。なぜなら、人心を全く掌握していないからです。
いくら命令や法律を厳しくしたとしても、上に立つ者の行動が不正であれば、下にいるものは面従腹背となり、いつか革命やクーデターという結果になりかねません。
人を従わせるものは、命令や言葉ではありません。
何も言わなくても他人が心服するような人徳の有無が、本当のリーダーシップと言えるでしょう。
『論語』や『左伝』の記事をみる限り、季康子という人は、民から尊敬されていなかったようです。
勇猛心やチャレンジ精神に欠け、困難に対して不撓不屈の精神をもって立ち向かうという決断力や実行力がなかったことから、民たちから腹の底で軽蔑されていたのでしょう。
これは、孔子の「そうを以ってすれば則ち敬す。」という言葉からも窺い知ることができます。
季康子に「荘」が無かったことから、「敬」が得られなかったのです。
『左伝』の哀公11年の記事をみると、彼の優柔不断な言動がはっきりと記されています。
人は「高貴なもの」「偉大なもの」「立派なもの」などを目の前にしたり、触れたりする機会が訪れた時、本能的に「畏怖」「畏敬」の念をいだくものです。
すなわち、敬して服するのです。
季康子に高貴なる徳の風がそなわっていなかったことから、民がなびくこともありませんでした。
「君子の徳は風、小人の徳は草。」という孔子の美しく的確な表現は、何度読み返しても心に染み入ります。
我々は君子ではないのですが、歳を重ねるにつれ、このような「徳の風」をそなえる人物となりたいものです。

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