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決断力を鍛えるために、親知らずを抜いた

人生で初めて親知らずを抜いた。
未知のことは怖い。

初めに断っておくと、私はビビりで、決断力がなくて、めちゃくちゃ慎重な人間だ。石橋を叩きまくって壊してしまっているなと自分でも思う。

親知らずの抜歯に関しても、めちゃくちゃためらった。歯医者さんに抜歯の予約を迫られて「あ~、今はちょっと…考えます」となんとも歯切れの悪い言葉を吐いた。勇気がなかったから。

決断を先送りにする三大言い訳は①お金がない②時間がない③自信がない、らしい。そしてその三つが完全にそろうタイミングなんてものはそうそうない。

不安に駆られて私は石橋を叩きまくった。ネットで親知らずの抜歯について検索しまくり、歯医者さんの経歴や得意分野、挙句にTwitterで親知らずを抜いた先人たちの呟きを読みあさった。

石橋叩きはどれだけやっても安心しない。同じような文章を何回を読んでも、すぐに不安になってまた検索する。本当に無益だけれど、やめられない。

私は石橋叩きのプロだから、早々に切り上げるべきだと知っていた。これ以上うだうだ悩むのは時間と精神の無駄だ。

予約さえしてしまえばもう逃げられない。私は無心で歯医者さんに電話した。案ずるより生むが易しというか、私のように考えすぎてしまう人間は、とにかく行動してしまう方がすんなりいくのだろう。

抜歯当日

治療用の椅子に座るなり院長先生に言われる。
「3%だけど、麻痺が残る可能性がある」

事前に調べまくっていて知っていたが、直接そういわれるとビビる。しかもレントゲンで見る限り、歯の根本がだいぶ神経と近いそうだ。

「でも、このまま放っておいても虫歯になるだけですよね…」
私は弱々しく呟く。親知らずの生え方的に虫歯秒読みなのだ。ここまで来ておいて、土壇場でやめるなんてもったいなすぎる。そしてここでやめたら、一生抜く勇気が出ないかもしれない。

内心では、抜く方に傾いているのだ。最初から。それでも誰かに背中を押してもらいたい。自分では決めれないから。完全なる他責思考だ。

合理的に考えよう。このまま虫歯と治療を繰り返す人生か、麻痺が残ったとしてもやれることはやった人生か。虫歯の恐怖と戦い続け、虫歯に煩わされる人生は嫌だ。麻痺と言ってもピリピリするだけで見た目や動きに支障はないらしいし。

上手に麻痺と付き合っていく方が、さっぱりしてるよなぁ。と、3%の最悪の場合を想像してみる。ネガティブだからこそポジティブな私の思考法だ。

一度決断さえしてしまえば、後は選んだ道を正解にしていくだけだ。

抜歯開始

正直めちゃくちゃビビっていた。麻酔注射にすらビビって心臓が爆音を鳴らしていた。なるようにしかならん!そう自分に言い聞かせてすべてを院長先生に委ねる。

いよいよ治療が始まる。
歯茎をぶちぶち切ってるらしいがなにも感じない。これが大昔なら麻酔なしでゴリゴリ引っこ抜かれてたんだろうなぁとか想像して、文明の利器に感謝した。こういう現実逃避的な思考をすると精神的に楽になるのでよくする。

次に歯を削るらしい。「虫歯の治療でも使うものですよ」と言われ、お馴染みの器具に少し安心する。ウィンウィンというあの恐怖を煽る音を鳴らすドリルだ。今回は虫歯じゃないから気が楽だ。

次いで院長先生が「ちょっとパキパキしますね~」という。
事前にTwitterで「親知らず抜いた」で検索しまくっていて引っかかったツイートを思い出す。「自分の体からこんな音出るんだって感じ」らしい。ちょっと身構える。

確かにめちゃくちゃパキパキ鳴ってるけど、事前情報のおかげでわりと冷静になれた。慎重なのは欠点だと思っていたけど、石橋を叩いて良いこともあるんだなぁ。

治療も大詰めなのか、鈍い痛みを感じ始めて不安が募る。ここで得意の現実逃避を開始する。
私の推し(煉獄さん)なんてもっともっと痛い思いしてるよなぁ、それに比べたらちょっと肉切って骨割るぐらい軽いよな…。敵に痛めつけられてる訳じゃなくて、先生に治療してもらってる訳だしなぁ…。
推しについて考えると心が安らぐので不安な時によくする。

ゴリゴリとかウィンウィンとかいう音の合間に歯医者さんのBGMが聞こえる。聞き覚えのある曲なのに、何の曲か思い出せない。待合室のテレビでは、野球の試合をしているらしい。解説者の熱のこもった声が響いてくる。外では雨が降っているのか、一定のノイズが聞こえる。

私にとっての一大決心が、日常に溶けていく。

自分以外は当たり前の日常を送っていて、自分が親知らずを抜いたとかどうとかは、めちゃくちゃどうでもいいことで。要するに、私にとって不安でしかたないことも、大したことない日常の一部なのだ。だから大丈夫、怖がることなんてないんだ。

未来のために決断力を磨く

一大イベントも、終わってみればあっけない。

院長先生はすぐに他の患者さんの治療に取り掛かった。
そうだよな、たかが親知らず。たいしたことないのだ。身構える必要なんてなかったのだ。

ちょっと勇気を出して、ちょっと我慢して。終わってしまえばあとは腫れようが食事しにくかろうが麻痺しようが我慢するだけだからいい。決断するかどうか悩む必要はない。

終わったことには変わりないのだから。あとは選んだ道を正解にするだけだから。

一番難しいのは、一歩踏み出し、決断する勇気を出すこと。

でも、決断力も技術だ。何回も決断して、一歩を確実に踏み出し続ければ、確実に決断力は向上する。

私はまだ転職という決断が出来ずにいるけれど、いつか叶うように、決断力を磨いていこう。




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