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コロナ禍における恋愛

2年前に、コロナ禍で遠距離恋愛していた恋人(現在の妻)との現実を描いた作品です。ちゃんと現実でも、実現できて良かった。

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キッチンで鍋で小豆をゆでながら、様子を見つめている。湯の中で、小豆が時折、ぽこっつぽこっと浮かび上がる。次第に色が変わってくる湯。タイミングを見計りながら、状況を見守っている。

私には遠距離恋愛をしている女性がいる。行き来できるようになれば、しこんだ冷やしぜんざいを食べてもらうことが出来るのに、コロナ禍で会うことすらもままならない。私たちはSNSで知り合い、交際が始まった。互いの投稿記事の文面に惹かれ、その中に温かさや人柄を見つけて、人柄に惹かれあった。交際とは名ばかりの遠距離恋愛。告白もSNSのメッセージ機能を使った。どこに住んでいて、どんなところで働いていて、どんな顔をしているのかも知らずに、投稿記事の言葉や、コメントの中に見せる人柄を信じて。その後で、どこに住んで、どんなところで働いていて、どんな顔をしているのか知っても、気持ちは揺らがず、ますます気持ちは募った。

沸騰し始めた小豆の湯を捨て、ざるにあげて、渋抜きをする。小豆を美味しく炊くときには必要。ゆでこぼした汁は、いかにも渋そうで、ひと癖もふた癖もある匂い。そのあとは、鍋もしっかりと洗って、新しい水を注ぎこんで、弱火でことこととじっくり煮ていく。あくを丁寧にすくいながらが大切。

厳しい現実の中でなかなか会えない中、私たちの恋愛は、お手紙やポストカードのやり取りで愛を確かめ合ったり近況を知らせたり、ラインのスタンプからも互いの感情を推し量ったりしている。自宅のポストに届いた便りに胸を熱くしたり、手書きで書いた手紙に切手を貼って、ポストに投函するときめきを覚えている。しかしまだ、抱きしめた時の体の温かさや重さも知らず、距離が縮まって、甘えに振り回されることも経験できていない。気軽に会うことのままならない現実の中で、温かな言葉や愛のメッセージは、思いの外、大切なものになっている気がする。それは、形に囚われないところから始まった一番魂に訴えかけてくる方法だったような気がする。そして、二人が楽でストレートに会話できる方法を自然と見つけた結果かなと思っている。なぜ、電話やズームなどを活用しないのかと問われたら、なんか違う気がしたのだ。

コロナが収束したら、結婚して一緒に暮らそうね。

そう確かめ合うように何度も何度も言葉を重ね合っている。作った料理を食べさせたいと思う私と、一緒に住んでいないことはとても不自然なことだと信じてやまない恋人は、似ているのかもしれない。

ゆで上がった小豆を何度も味見しながら、グラニュー糖と隠し味の塩を入れていく。少しずつ調整して、水気を飛ばしていく。せっかくならと米粉を買ってきて、お団子も作る。レシピはネットで検索してすぐに見つかるので、本当に楽だ。そういう一方で、肝心なコロナ禍の情報は世の中のいろいろな思惑に振り回されて、正しい知識が手元に入ってこない。

本当なら二人で何度か会う約束はしてきた。しかし、いつもタイミングを失ってしまう。それは正しいと判断できる情報が入ってこないのと、世間の目に縛られているのも理由の一つ。近いうちに会える日が来ることを楽しみにしている。それは二人で世情を見つめながら、話し合って決めている。

出来上がった冷やしぜんざいをSNS上にアップする。次々に起こる反応は、有機化合物のように鎖でつながって、形を変えていく。いいねやコメントからは温かで肯定的なメッセージが届く。

共に暮らす両親に、恋人のことを話すと、そんな恋愛成立するのだろうかと心配はしている。あなたたちはまだ一度も会ったことなくて、住んでいる場所も分かり合ってなくて、それでも大丈夫なのと。しかし、概ね肯定的に見守ってくれている。

時に試されていると思うならば、この時期を楽しまないとね。やりきれない思いを抱えながら、息苦しい世間の中で縛られ、不満を並べるのではなくて、信じあい、愛を育み、時が来るのを待つ。

いつか一緒に暮らして、食卓を囲めた時に、ああ、幸せだな~って心から思えたなら、それでいい。何気ないひと言やなんでもないことに、幸せになれるとしたら、私たちはコロナ禍を経験している今、チャンスなのかもしれない。今どんな風に生きたらいいのか少し見えずらいが、極限状態でシンプルになってきている気もする。どんな時代も世の中の形は違えど、基本的な大切なことは似ているのかもしれない。少し形を変えていて、見えなくなったり、はっきりと見えてきたりするかもしれない。これからの時代は他でもない私たちが築いていくものだから、小さな幸せを積み重ねて、過ごしやすい世の中を作っていきたい。そんなことを想う。

煮詰めたあんこをよく冷やして、米粉で団子を作っていく。二つを合わせて、美味しく頂く。丁寧に手をかけることが大切。小豆餡の好きな両親にも好評だった。いつか4人で食卓を囲んで冷やしぜんざいを頂こう。

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