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私の好きな短歌 #1 | 沈丁花の頃、祖父が言う
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自分で言うのもなんですが、私は、いわゆる"お嬢様学校"と言われる私立の女子校に小学校から高校まで通っていました。当然、小さい頃からずっと電車通学。毎朝徒歩7-8分の駅までの道のりを、当時 幼稚園の園長をしていた祖父と一緒に歩くのが日課でした。 祖父は小柄な人だったけれど、それはそれは彫の深いイケメンで。おまけに、透き通るような青色の瞳をしていたのです。四国生まれの生粋の日本人のはずですが、どことなく妖艶な雰囲気をまとった、超かっこいい自慢の祖父でした。いつもオーダーのスーツをバシッと着て、お出かけするときは必ず山高帽をかぶっていたっけ。
幼稚園で飼っているニワトリのためにと、駅の途中にあるパン屋さんに寄って廃棄されるパンを分けてもらうのも、いつものこと。駅までのゆるゆるとした坂道を、穏やかな祖父とおしゃべりしながら歩く時間が大好きでした。
そんな祖父が冬になるといつも、そらんじてくれたのがこの短歌。ちょうど、ニワトリの餌をもらうパン屋さんの角に咲いている沈丁花が咲きはじめ、いい香りがふわっと漂って来る頃のことです。 「なぁ、美加くん(なぜか祖父は私のことをずっと君付けで呼んでいた)。こんな短歌があるよ。『図書館の前に沈丁咲くころは恋も試験も苦しかりにき』。今年も沈丁花が咲いているね」。
ただただ、それだけ。
歌の解釈も、誰が詠んだ歌なのかも、たぶん話さなかったんじゃないかな。
とにかく冬になると、この歌の話をする日が必ずやって来るのです。「これ、前も聞いたことあるなぁ」と私も毎回思い出すようになって。"パブロフの犬"じゃないけれど、沈丁花の香りを嗅ぐと、この歌が浮かんでくるようになってしまいました。
そのうち、恋も試験も苦しい高校生時代が私にもほんとうにやって来たりして「あ、なんかこれ私のことみたい」と思ってみたり。でも、祖父に恋バナなどするわけもなく、だのに祖父はしれっと<恋>とか言うものだから、見透かされているようで(勝手に)気まずくなったりもして。懐かしいなぁ。
祖父は息子が生まれる少し前に亡くなりましたが、今も冬の日、沈丁花を見るたびに、一緒に通学していた日々とともにこの歌を思い出しています。
だいぶ大人になってから「そういえばこの歌って誰の歌なのかな?」と思って調べてみたら(もしかして祖父が詠んだのではと半分くらい思っていた)、佐藤春夫という歌人の歌で、慶應義塾大学の三田校舎に歌碑が建っているらしいと言うことが分かった。しかも図書館の脇に!なんてことなんてこと!いつか歌碑を見に行ってみたいなぁ。願わくば、沈丁花の香る頃に。
この一連のエピソードを、今も元気に暮らしている95歳の祖母に話してみたのですが「そんな短歌、一度も聞いたことがない」とのこと。息子である父も当然知らなさそう。
どうして祖父は、こんなに何度もこの歌を私に聞かせていたのかな。「僕にも試験や恋が苦しい時代があったんだよ」って教えてくれようとしていたのかな。だとすると、あれは、ものすごく遠回しの、私へのエールだったのかな…?でももうこれは、永遠に謎のままです。I miss you !
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