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日焼けするムズング

 本日は、2月21日。ケニアの首都ナイロビは、今日も暑いです。
朝夕は、17℃あたりから、日中は30℃近くまで上がります。そんな日が、1ヶ月くらい続いています。日照時間が長く、日差しもかなり強いため、肌をケアする人(他人事)はひとときも油断できないそうです。
かくいう私も日本から、日焼け止めクリームを持ってきていますが、あまり使い慣れていないため、まだ塗ることが習慣化していません。日焼け止めは、どうやらその日に塗って終わりではないようです。
そんなペースで使ってたら、家計簿の支出ランキング1位になり、カルフールのパン(フランス🇫🇷資本の大型スーパーマーケットで売ってるパンは、コスパ最強)主体の食生活になってしまいます。紫外線から守られた綺麗なお手手で、パンを食うか、日焼けした手でニャマチョマ(ケニアの焼肉)を食うか、になります。今の生活状況では、紫外線から守られた綺麗なお手手でニャマチョマを食うのは、難しそうなので、行き過ぎない適度な生活を心がけています。

前置きはここまでにして、今回は前回に引き続き、ケニアでの個人的ニュースを紹介したいと思います。
前回は、ケニアの車社会についてでした。日本車の存在感とケニア人ドライバーとの数々の出会いを書いています。ぜひご覧下さい。


2. ケニアの言語

言語は、人の数、集団の数に比例して存在している。例えば、日本語。標準語というものがあるとはいえ、全国各地少しづつ異なった言語が存在する。また、話者が若者なのか老人なのかでも変わるだろう。
もうひとつ、言語の特徴がある。それは、内輪の共通語という側面が強いこと。内と外を分け隔てる言語の壁、というと分かりやすいかもしれない。会話できない、コミュニケーションが取れない苦しさや悔しさは、協力隊員の悩みランキング上位常連のように思う。協力隊員の中には、小さなコミュニティの中に入っていく人もいるだろう。そのフィールドでの国際協力は、協力隊の魅力であると同時に、タフな精神力を要すると想像する。

実は、かくいう私も、配属先で早速スワヒリ語の教科書を頂いた。このメッセージは「頼むよ。スワヒリ語できないと困るよ。頑張ろう。」として受け取った。
言語は、内輪の共通語という特徴があると書いた。それは翻すと、その言葉を介せば、その人々とかなり打ち解けやすくなる、ということである。
ケニアでは、その言語はスワヒリ語にあたる。よく対比されるのが、英語になる。アフリカ諸国は、植民地の歴史があるため、英語やフランス語をはじめ西洋の言葉を解する人がいる。イギリスの植民地であったケニアも、英語を話せる人が多い。ここでのポイントは、ただ話せるということだけであって、普段は英語を話さない。ケニア人同士の会話は、ほとんどスワヒリ語でたまに英語が混じる。これが彼らの会話スタイルなのである。

ある日、タクシー運転手との会話でスワヒリ語の話題になった。(一部抜粋)
私「ここからホテルまでお願いします」
ドライバー「おけ。君、スワヒリ語いい感じやね」
私「国立博物館でスワヒリ語勉強しているんです」
ドライバー「いいね、ムズング(外国人)でスワヒリ語話す人いないよ」
私「2年間、ケニアで生活して仕事するので、必要です。」
ドライバー「スワヒリ語は、俺たちのnational language だからな、ようこそケニアって感じだ」

このドライバーに限らず、多くのケニア人が自分の拙いスワヒリ語に前向きな反応を示してくれる。自分がムズングなのは変わらないし、これは事実。だからこそ、その国の言語が相互理解の手助けになる。少し極端な言い方かもしれないが、ケニアでは、言語は文化であり、アイデンティティのように思う。

国立博物館での語学訓練も、残り3日になった。まだまだ、ビギナーの中のビギナーではあるが、スワヒリ語を学習するモチベーションを得た気がする。それは、単なる言語学習に止まらないものである。


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