夕立ち(4話)
部屋の電球が、
2,3回点滅して、
切れてしまった。
真っ暗だ。
このまま暗いままでもいいか、と思ったが、
まだお風呂にも入っていない。
晩ご飯を食べたところだった。
外は土砂降りで、
不思議な生命の気配が漂っていた。
生暖かい夜に、
霊や魂や、エネルギーたちも、
雨に助けを得て
歩き出しているのかもしれない。
時々吹き付けて、
網戸を越えて入ってくる風が、
ふわっふわっと
頬やおでこをなでる。
気持ちのいい夜だ。
突然切れた電球は、
神様からのプレゼントかもしれない。
光に慣れていた目が、
暗闇を欲していたような気もする。
替えの電球は部屋の入り口近くの押し入れの、
奥の角にあるのを知ってる。
けれど
いましばらく、このままにしておこう。
うちは、目をつぶって、暗闇の中に
さっきまで見えていたもの、
日中見てきたものたちの、
ぼんやりしたシルエットを思い出していた。
体の感覚も、暗闇だとかえってはっきりしてくる。
感覚の触手がじわじわと、内側からしみ出してくるみたいだ。
外側にある空気や、見えないモノも。
ふわふわとして、
その触手に触れてくる。
こんなに夜はしずか。
それなのに、賑やかだったんだ。
背後で、魚の水槽の近く、誰かの声が聞こえたような気がした。
消え入りそうな。
この夜の気配と同じように、
柔らかくて、深い。
かわいくて、儚げな。
振り向いても、誰もいなかった。
ただ、魚の水槽のブーン、という空気入れの音が聞こえている。
水槽の上の、魚用の薄紫の光だけが、
暗闇に浮かび上がって、
竜宮城のようだった。
秘密の場所。
この夜の、この部屋は。私だけの。
魚がこっちを向いて、
ひらひらしている。
ひれをせわしなく動かして、口をパクパク動かしている。
何か話しかけてる?
うちは膝を立て、こそこそと近寄ってみた。
思えば、もう一年になるんだね。君とは。
大きくなって。
餌を食べてる姿がかわいくて、
ついつい2、3粒多くあげてしまう。
そのせいか、ぷっくり太って、
猫がいたら真っ先にかぶりつかれてしまいそうな
見た目をしているね。
君が大好きだよ。
それにしても、今日は様子が変だな。
別に健康そうだけれど、
しきりにひれを動かしてる。
さらに顔を近づけて、
戯れにまぶたをパチパチはじく
そのときだった。
すぐ側で、誰かの声が聞こえた気がした。
優しい声だ。
小さくて消え入りそうな、
でも自分に話しかけている、
湿り気のある、命のある声。
水槽の向こうから聞こえている?
魚がしゃべっている?
そんなことが…?
魚をよくよく見ようとしたとき、
水槽の表面に、
青い二つの、宝石のような瞳が写っているのに気がついた。
水槽の明かりに照らされて、
暗闇に浮かび上がっている。
柔らかそうな肌と、白い服まで写っているのに気づいた時と、
水槽から玄関側に少しずれた位置、膝を立てた自分の顔よりも少し低い位置で、はっきりした声がしたのが、ほぼ同じだった。
「ごめんください。
私を泊めて下さいませんか。」
びっくりしなかったと言えば嘘になる。
でも、水槽の中ではなく、
部屋の戸口に立って、不安と期待の入り交じった表情で
こちらを見ている、一人の子をみたとき、
うちが感じたことは、
会うべき人に会えたと言うことだった。
28years old,3.22,Mizuki
絵を描くのは楽しいですが、 やる気になるのは難しいです。 書くことも。 あなたが読んで、見てくださることが 背中を押してくれています。 いつもありがとう。