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VICAとNIKA

うちがロシアを旅したとき。
さみしい思いをした経験があった。

そのさみしさは、
格別の印象をもって

みずうみに落ちた波紋が
遠くの岸辺をうち鳴らすように

今このときも
音楽のように
響きつづけている。




Vicaは女性。Nicaは男性。

VICA



Vicaとは、
ロシアへ渡る
日本からのフェリーの中で会った。

ロシア人のVicaは
英語も日本語も話せなかった。
うちはロシア語が話せなかった。

けれど知り合いになれたのは、
同じく日本からロシアへ帰国途中の、
やたらフレンドリーな、気のいい
Artyomがいたからだった。

彼とは、船に乗ったばかりの時に、
同室であることが分かって、
カロリーメイトを分かち合って
仲良くなった。

船の甲板でArtyomとVicaが
いつの間にか打ち解けて話していた。
うちが通りかかると
Artyomは声をかけてきてくれて
うちを彼女に紹介した。
ロシア語だから
なんていってるかわからなかったけれど

それから、彼女は
シベリア鉄道の
うちと同じ列車にのることが分かった。

列車に乗ってみると
寝台列車の号車まで一緒だった。

そのようであったので、
顔を合わすたびに
「またあったね」みたいに声を掛け合うようになった。
言葉が通じないので挨拶だけだったけれど

挨拶してくれるときの
彼女の微笑みがすてきだった。


Nica


Nicaとは、

シベリア鉄道の中で会った

うちが乗っていたのは最安の等級で、
当時、ロシアの東の端、ウラジオストクから
モスクワへ
7泊8日の乗車で、
二万円弱相当の料金だった。

老若男女関係なく、
いろんな人がひしめき合って
通路を挟んで差し向かいに配置された二段ベッドで
眠っていた。

彼もまた、Vicaとうちと
同じ列車の同じ号車に乗っていて、
うちと差し向かいのベッドに泊まっていた。





彼はディジュディデュ(でっかくて長い笛)を吹きながら
パフォーマンスやコラボ演奏をして資金を稼ぎながら
世界中を2年間旅していたそう。

今、ロシアの西の端の
サンクトペテルブルグまで
列車で帰るところだという。

彼の方から、うちに話しかけてくれた。
彼は英語が話せたので、
いろいろと深まった話もできた。

うちが列車で言葉に困ったときに、
通訳をしてくれたりもした。




うちとNicaとVicaはいつからともなく
仲良くなって

途中の駅で一緒に降りたりして
駅構内にいくつも構えられた出店で
パンを買ったりした。

バナナや、
キャベツやジャガイモの入ったドーナツも

お互いに買ったものを
わけあったりして。

***

いつのまに

さて、
どうしてうちは
さみしくなったかというと、

いつの間にか二人(NicaとVica)が
寝台列車の狭いベッドで
一緒に寝ているのを目撃したから

ここで「寝る」というのは
単に
眠る、という意味だけれど。


ベッドとはいっても、
ベンチをちょっと幅広にしたようなもので、
とても二人入れるような広さはなくて。

周りからの視界を遮るものもないけれど、
ベッドの上から垂らした毛布をブラインド代わりにして、
毛布の奥で
足を絡めて二人で眠っていた


感じたさみしさと
ともにあったもの

これは嫉妬ではない、たぶん。

いうなれば
あこがれ、のようなもの。




二人は、列車が駅に停まるたびに
相変わらずうちも誘って
一緒に出かけようとしてくれた

うちは、二人がモスクワで
別れるときまで
そばにいた。

二人はハグして、お互いのほっぺにキスをして、

たぶん連絡先も交換しないまま別れた。
なんとなく、そんな感じの別れ方だった。

ハグに時間をかけて、万感がこもっていた。

通りすがりの、同じ列車に乗っただけのふたりが
列車に乗って降りるまでの間に、こんな関係になれるんだ。

そして、惜しみなく別れることができる。

うちが今まで、知っていると思っていた人間関係とは、
一体、何だったのだろう。




今過ごせる時間を



一緒に過ごせる今を
精一杯
素敵な時間にすること

いらぬ恥じらいを
そもそも習慣として身につけていないこと

きっとそういうことなんだと思う。


ほんとにいらないなあ、と思う。

寝台列車で出会った
好感を持った一人の人と
束の間、添い寝するくらいの経験を
妨げる恥じらいは。

ハグして、ほっぺに思いのこもった
キスをすること

それを妨げるような、
強がりは。



恋人になるなんて、手続きは。
友達か恋人かなんて、カテゴライズは、
いらないのだった。

二人には。
きっとうち自身にも。






うちにはそのとき、
そんなこと、できる気がしなかった。


違う世界にいるような。
うちとは
全く違う仕方で物事、人、世界を見ているような

うちが持っていない
人間の温かさを備えているような。

二人の間近にいて
さみしかった

さっきまで三人で話していたのに
いつのにか
だれもいない野原に
取り残されてしまったみたい。

けれど心地よくて
息はらくだった。

ひとりきりの野原に吹いていた風の
涼しさ。
枯れ草の香ばしさ。

透き通るような人間関係をみた。

純粋な慕情というもの。
所有を伴わない慕情。

名付けるならば、
とりあえずそういうもの。

うちが、ロシアの
7泊8日の列車の中で出会えたもの。

28years old,12.9,Mizuki

※表題の画像は Mayya666によるPixabayから


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