こかげのうた(旅立ち)

あなたは言った。

「遠くへ行きたいなあ…」

思いもよらなかったので
うちは驚いたけれど、
顔や声には出さなかった。

「行けるよ」
うちはつぶやく。

「そうかなあ。」
「どこにだって、行けるよ。あなたなら。」


木が、
遠くへ旅立つのは、
どういうときなんだろう。いつなんだろう。

花が咲く季節。
木漏れ日の季節?
実がなるとき?
それとも、枯れ葉の頃
あるいは。雪に埋もれる頃。


「遠くへ行きたい」というつぶやきを
側で耳にすることは、
仕合わせでもあり、さみしくもある。

胸の哀しみをすべて吐き出すような
ため息を聞いて、
そのひとの、存在の、柔らかくて深いところが、
自分の肌にそっと触れてくるようで、
その感触に目をつぶる。

そうか、遠くへいくの。
それじゃ、もうこうして話すことも、
できなくなっちゃうね。

横顔で哀しそうな顔をつくる。
でも、誰が哀しくても、行くんでしょ。あなたなら。
だれよりも。
とびっきり哀しいから、行くんでしょ。あなたは。

風に震えた枝葉を見れば分かるよ。

そうか、今が旅立ちの季節なんだね。
長い長いときの中の。

そのときに寄り添えて嬉しくて。
でも、だから、うちの心も震えて。


あなたと一緒に、
うちも旅に出ることになるんだよ。
気づいてる?気づいているよね。
すました顔して。


あなたが旅立った後の世界へ。
うちも旅立たなければならなかったの。

遠くへ行きたい。といったあなたは、
うちに
旅に出ようと誘ったんだった。

あのときのあれは、そういうことだった。

突然いなくなるのではなく、
つぶやきと、ため息をくれたあなたは、

うちにも、
旅立ちの準備をさせてくれたんだったね。
生き方を、おしえてくれた。

あのときから、
うちもずっと。
旅をしている。

着地して、
根を張っても。
あなたにはもう会えなくたって。

旅は続くんだね。
その限り、不思議につながった道の上、
あなたとともにある。

28years old,2.18,Mizuki

絵を描くのは楽しいですが、 やる気になるのは難しいです。 書くことも。 あなたが読んで、見てくださることが 背中を押してくれています。 いつもありがとう。