音のプロが視ている世界
こんにちは、ONTELOPE(オンテロープ)代表の澤田です。ONTELOPEは、聞こえの困りごとを解決する「音が目でわかるプロダクト」を開発しています。
私は、プロのサウンドエンジニア・音楽家(nooto SOUND DESIGN)でもあるのですが、聞こえの困りごとにアプローチするという観点でも、私のようなスキルや経験は大きな力になると考えています。音は目に見えませんし、音によって想起される感情や脳内現実も目には見えません。ところが、音のプロは、それらを独自の視点で「視て」いるのです。
人はどのように音を捉えることができるのか、そして聞こえの困りごとに対してどのように音を視ることで解決に迫っていけるのか——。
さまざまなプロの音の視点をちょっとマニアックに説明し、音が目でわかるプロダクトの原理についても少しご紹介いたします。新たな気づきを得て、あなたの音の向き合い方が広がるかも!?
※内容には私見が含まれます。ご指摘は甘んじて受け入れますので、遠慮なくご意見をお寄せください。
音のプロとは?
音の職業にはどのようなものがあるでしょうか? 一例を挙げてみます。
作曲家、演奏家、PA、ナレーター、声優、サウンドエンジニア、サウンドプログラマー、サウンドデザイナー、楽器職人、音響機器関係、DJ……
少し考えるだけでもこれだけ出てきます。本当はもっと細かくそれぞれのプロの視点を紹介したいところですが、超長文になってしまいますので一部のみで我慢します(笑)。
「サウンドエンジニア」が視ている世界
最初にご紹介するのは、サウンドエンジニアが視ている世界です。サウンドエンジニアといっても、音源を調整する人、ライブの音響を調整する人、映像の音を調整する人などいろいろなエンジニアがいます。
ズバリ、サウンドエンジニアは「音像(おんぞう)」を視ています。これは文字通り、聞いているという感覚とともに、視ているという感覚があり、私だけでなく多くのエンジニアにも共感されることだと思います。物理的にパラメータのゲージを見て音の把握もするのですが、最終的な確認は、自らの耳を通した音から得られる脳内の音像を視て音のディテールを確認します。
みなさんは、服の素材を目で確認するとき、じっとよく見て、生地の織り方や縫い目、ほつれ、色合いなどを把握すると思います。サウンドエンジニアが音のディテールを把握するときも、同じように音をじっとよく見て、確認・調整をします。
目でみたものは脳内で「像」として把握されますが、同じように、音を形のある像のように捉える感覚です。視覚刺激は電磁波の周波数・強さ・左右の入力差を、聴覚刺激は空気振動の周波数・強さ・左右の入力差から脳内で結像をします。目が良い人はそれらがよく見えるように、耳が良い人もそれらの音像がよく見えるのです。
このように刺激情報を事実整理してみると、目でモノの形を認識することと、耳でオトの形を認識することに実は大きな違いはないのかもしれません。
「作曲家」が視ている世界
作曲家には、クライアントワークとして、またはアート作品として作曲をする立場の職業がありますが、今回はクライアントワークのほうがプロとしてイメージしやすいと思いますので、そちらを例にします。
クライアントワークとは、企業などの顧客が望む用途に合わせてクリエイティブを提供する形態ですが、作曲家たちは何を視ているのでしょうか?
作曲家は、「音楽を聞く人間の感覚」を視ています。どのような音のつむぎ方をすると、聞く人の感覚にどのような影響を及ぼすのか、その関係性を視ているのです。
青空をみると澄んだ気持ちになります。おどろおどろしいお化けをみるとゾワッとします。想起させたい感覚をつくるように、作曲家はクライアントの施策を後押しするような音をつむいで形にしていきます。
「選曲家」が視ている世界
選曲家は、主に映像作品に音楽演出をする職業です。楽曲をよく知っていたり、楽曲管理・曲編集をしたりしながら音による映像の演出を行います。そして選曲家は、「映像作品を鑑賞する人に与える印象と、映像監督の世界観」を視ています。
みなさんは映画を観て泣いたことはありますか? きっとその感動は、選曲家によって演出された音楽の影響も大きいと思います。
最近は、SNSに動画をアップする際、自分で音楽をセレクトしてアップすること(BGM設定)ができるようになっていますが、当てはめる曲によって印象が大きく変わることに気づいた人も少なからずいるはずです。同じワンシーンでも、しっとりしたピアノ曲なのか、コミカルでリズミカルな曲なのかで、その動画の意味がまったく変わってしまいます。
選曲家は、映像作品全体と各シーンのバランスを捉えながら、映像監督の世界観が鑑賞する人に伝わるように、音で印象を操作する技術に長けています。
「声優」が視ている世界
声優も音のプロです。声は、同じセリフでも“言い方”でまったく印象が異なります。
声優も選曲家と同じく、「映像作品を鑑賞する人に与える印象と、映像監督の世界観」を視ていますが、セリフを発した際の「自分の声の形」も視ています。
「バカヤロウ」というセリフでも、作品のシーンに対して愛のある感じ、怒っている感じ、苦し紛れに言っている感じ、キャラクターの性格がわかるような言い方など無限にあるのです。
昨今は、人間の声と区別がつかないような音声をAIでつくることができますが、ただつくることしかできません。声が与える印象の無限のパターンの中から、どのように言葉に印象や感情をのせていくのかを、意思を持って決定することはできないのです。
声優は、自分の声の形を脳内で視ながら、自分が発する声をコントロールすることで、作品の世界観に息吹を与える技術に長けています。
音のプロが視ている世界に共通していえること
いくつか音のプロの視点をご紹介しました。どの視点も、経験や訓練によって、目に見えないモノのディテールを具体的に把握しているということです。
音のプロの能力は、才能だけではなくその行為に向き合った合計時間でも培われていきます。生まれたばかりの赤ちゃんは、神経の発達と経験が未成熟なため、うまく目が見えませんし、音もしっかりとは認識できません。しかし、世界にあるさまざまな視覚刺激や聴覚刺激などと触れ合う時間を経験することで、だんだんと認識ができるようになっていきます。
音のプロも赤ちゃんと同じく、経験を重ねていくことにより、独自視点でだんだんと音の認識ができるようになっていくのです。その認識能力は、1000年前の人間には想像もつかなかった部分もたくさんあるはずです。テクノロジーと共に生まれた文化や芸術、表現方法とともに、実は人の脳内の認識能力も拡張しているといえます。
音が目でわかるプロダクトと脳
環境やニーズによって育まれてきたそれらの認識能力ですが、これは、「人の脳には未知なる認識能力の可能性がある」ということを示唆しています。
音の仕事をしていると、絶対音感がある、特別な才能があるなどと捉えられることがよくありますが、私は絶対音感がありませんし、子供の頃に習っていたエレクトーン教室ではかなりの落ちこぼれでした。しかし、職業人的な視点で音に触れる時間をそれなりに経験してきたので、今では音が具体的に視えます。
ONTELOPEは、このような脳の可能性を活かして、人間拡張として音が目でわかるプロダクトを開発しています。サウンドエンジニアは、聴覚刺激の周波数・強さ・左右の入力差を脳内で結像すると述べましたが、音が目でわかるプロダクトはこの刺激を視覚刺激に変換します。
実際にサウンドエンジニアは、これらのパラメータをアナライザーを通して目で見るだけで、慣れてくると耳で聞かなくてもおおよそどのような音なのかわかるようになります。
ONTELOPEは、これらの技術を特許登録しており、プロダクト開発と社会実装に取り組んでいます。
ONTELOPE 2024年の抱負
音が目でわかるプロダクトは、多くの方々にご協力いただきながらおよそ2年、原理試作や実証実験を行ってきましたが、2023年12月1日、「株式会社オンテロープ(ONTELOPE)」として本格的に開発と社会実装を進めていく運びとなりました。
関係者のみなさまや、応援してくださっているみなさまに、心から感謝申し上げます。
ONTELOPEはこれから多くのことを成し遂げていく必要があります。
2024年は、
・何らかの形でみなさまのお手元に音が目でわかるプロダクトを届けられるようにすること
・相互探求の文化づくりを促進し一人一人のゆたかな現実に向き合える土台をつくること
を目指してまいりたいと思います。
みなさまと共に、良い社会をつくっていけることにワクワクしています。2024年もどうぞよろしくお願いいたします。