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宇宙が生まれた時に、「音」は存在していなかった

ONTELOPE(オンテロープ) 代表の澤田です。音のプロ(※)である私は、「人」と「音」と「世界」の関係性を日常的に考えています。そして今、聴覚障害者向けの「音が目でわかるプロダクト」の開発と社会実装を進めています。
 
今回、note初回配信ということで、音に興味がある人はもちろんのこと、多くの人に知っておいていただきたい「デジタルが発展し、現実のつくり方の自由度が上がっていく世界の中で、どのように音を捉えていくとよいのか」について、語っていきます。
 
※澤田真吾プロフィール:
現実科学者/サウンドエンジニア/アーティスト/事業家/デジタルハリウッド大学院助教
nooto SOUND DESIGN 代表
Webアプリ「hitoRec(ヒトレク)」代表
オンテロープ 代表


音の正体を知る

ごく当たり前のことですが、音は目に見えません。では、音とは一体何でしょうか?
岩波 国語辞典や広辞苑には、以下のように書かれています。
 
・音(おと、英:sound)は、物が動き、こすれ、また、ぶつかって出る空気の震え(=疎密波)が耳に届いて聞こえるものである。音響(おんきょう)とも呼ばれる
 
・物の響きや人や鳥獣の声。(物体の振動が空気などの振動(音波)として伝わって起す)聴覚の内容。またはそのもととなる音波
 
まとめると、「空気の振動によって聞こえる何か、もしくは、響きや声という存在を表す概念」といえそうです。
 
とはいえ、言葉の意味は時代によって可塑的に変化するものです。音の意味については色々な捉え方があると思いますが、あえて、その本質的な正体についてひもといていきます。
 
まずは、宇宙の始まりと音についてです。「宇宙の始まりの音」というコンテンツを時折見かけるのですが、ある意味そのコンテンツはミスリードをしています。なぜなら、宇宙が生まれた時に音は存在していなかったからです。
 
音はいつ生まれたのか——。
 
それは、(仮に始まりがあるならですが……)宇宙が始まり、ガスの粒子同士がぶつかりあって星ができ、微生物が発生し、植物や動物が生まれる。さらに、人間が誕生してコミュニケーションができるようになり、鼓膜を震わせて人の脳が知覚した空気の振動を、人間同士のコミュニケーションでその存在が確認できるよう概念化される。このような一路をたどり、初めて音が生まれたのです。
 
少々粗っぽく言ってしまうと、音は人の頭の中でつくられています。屁理屈ではなくこれが事実です。
 
音の仕事で多くの人と関わっていますが、鳴っている音が聞こえていない(認知できていない)、もしくは音が鳴っていないのに聞こえている(認知している)状態になっている人をよく見かけます。そして、同じ音なのに好印象をもつ人もいれば、悪い印象をもつ人もいます。
 
果たして、1つの音に対して、各人が聞いている音は同じなのでしょうか。あいにく脳の中で聞いている音を確認する方法は、現代においてはありません。ただ、音を聞いている人の脳内現実は、一人ひとり異なります。
 
さらに、聴者にとっての音の世界と、聴覚障害者にとっての音の世界はまったく異なります。それぞれの世界をのぞいてみましょう。

聴者にとっての音


「おはよう」「お疲れさまです」など、誰かと会った時に皆さん声を掛けますよね。例えば、「おはよう」という挨拶の音には、おはようという言語的な意味以外にも、「元気そうな言い方だな」「眠そうな言い方だな」「子どものおはようだな」など、実はさまざまな非言語情報が含まれています。
 
他にも、近づいてくる電車の音に対しては、「背後から近づいてくるな」とか、「自分に近いほうの線路を通過するな」とか、警笛を鳴らされれば「おっ」となり、黄色い線の内側に入ろうと思ったりします。
 
このように、音の意味の多くは非言語情報で成り立っているのです。
 
『オハヨウ』などの言語音は、非言語情報に一定のルールが設けられ、文字としての言語と対をなして意味が与えられています。「おはよう」を例にするなら、『オ』『ハ』『ヨ』『ウ』という発音と、「朝の挨拶」という言語の意味が与えられています。こうすることで、人は言語や言語音を認識しやすく記憶に留めておきやすくなるで、聴者は名前や意味が与えられた音を、「音」と捉える意識傾向が強くなるのです。
 
けれども、名前や意味を与えられた音に含まれている非言語の情報や、名前や意味を与えられていない音については、見落とされることがあります。そして、この見落された非言語情報や非言語音が聴者の心理や行動にも影響を及ぼすことがあるのです。
 
少し極端な例を挙げると、会社の人に、本当はすごく怒っているけれども声は荒げず低い声で「今後は気をつけてください」と言われたとします。いつもより低い声を非言語情報として捉えられれば「本当に申し訳ございません」となりますが、何か考え事をしていて非言語情報を見落とした場合、「わかりました」と軽返事をし、相手をさらに激昂させてしまう可能性があります。
 
聴者にとっての音の世界は、意識として捉えやすい音や音の意味だけではなく、音がもつ意識されにくい非言語情報にも影響を受けて、コミュニケーションをしたり社会をつくったりするようにできています。
 
つまり、社会は「音からの非言語情報がわかることが前提」ということなのです。

聴覚障害者にとっての音


それでは、聴覚障害者にとっての音の世界はどのようなものでしょうか。
 
実は、聴者の音の世界に比べると、聴覚障害者の音の世界はもっとバラエティに富んでいます。なぜなら聞こえの困難にはさまざまなタイプがあり、困難が生じ始めた年齢や環境が一人ひとり違い、それぞれ音と世界との関係性が大きく異なるためです。
 
そして、聴覚障害者にとっての音は、聴者からみると想像を超えた捉え方をしていることが多々あります。一つ例を挙げてみます。私が聴覚障害者の友人と話をしている時に発覚したひとコマです。
 
よくマンガなどで、電車が走る音を「ゴォぉぉぉ!」とか表現したりしますが、その友人は、聴者はみな文字通り「ゴォぉぉぉ!」という言語音のように電車の音が聞こえているのだと思っていたそうです。大変興味深い勘違いでした。
 
音声言語に触れる機会が少ない時期に失聴した場合、音声言語の習得の仕方は、聴者とは異なる手段が必要となります。
 
ある程度の年齢(大人)になってから聞こえに支障をきたした場合は、聴力の度合いによって困りごとの内容が異なります。補聴器でカバーできることもあれば、どうにもできないこともあります。
 
音の捉え方は、このようにさまざまな聞こえの経験をして人生を過ごす中で多様化していくのです。聴覚障害者と音や言語の話をすると、音の世界の新しい発見がたくさんあります。
 
今では、聞こえに困難がある方のコミュニケーションをサポートすべく、言語情報のカバーを目的としたソリューションが多く取り組まれています。このような取り組みにより、いろんな聞こえの状態の人同士が、たとえゆっくりだとしてもコミュニケーションがしやすくなりました。
 
けれども、音は言語情報だけではなく非言語情報も伝達しています。社会は音の非言語情報がわかる前提でつくられている現実があること、そして、先天的に聞こえの困難の度合いが大きい人であれば、社会やコミュニケーションに内包されている音の非言語情報の存在を感じることがとても難しいこと、これらを聴者はきちんと知っておくべきなのです。

ずばり音とは何か? 音の可能性、そして課題

音は目に見えない現象であり、一瞬にして私たちの身体も認知も通り過ぎていきます。そして、そんな音に私たちは頼って生きています。
 
私は、音が関係するサービス・プロダクト・研究開発・アートのアドバイザーや協業をさせていただくことが多いのですが、「音ってなんですか?」とよく聞かれます。
 
一言でいうなら、音は「妄想」みたいなものなのです。
 
実をいうと、私は20代のころからずっと耳鳴りがしています。この耳鳴りの音も私の現実に存在する音です。また、ある人は幻聴が聞こえているとします。その音も、もちろんその人にとっての現実の音です。同じように、耳鳴りや幻聴でなくとも、自分が聞いている音を他人が聞くことはできません。であれば、「音とは妄想みたいなもの」といえるのではないでしょうか。
 
音の仕事をしている人は、いかにその妄想をコントロールしていくか、ということをイメージしているのだと思います。
 
これまでの話を踏まえてもわかると思いますが、誰もが一人ひとり異なる心身の状態や生活環境があり、それに応じた社会をつくっています。しかしながら「音の困りごと」はまだまだ意識されにくい部分がたくさんあります。
 
私たちは世界をつくる視点として、音はまだまだ可能性と課題にあふれていると思っています。だからこそ、聞こえに困難がある人に見えている世界や価値観は、そんな可能性と課題を前進させる糧となるとも考えています。
 
ONTELOPEは、聞こえの困りごとの解決を起点に、世界の皆さんとともにゆたかな現実をつくっていきます。どうぞお楽しみに。