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飴の降る日


こんばんは、温泉20です。
今回は、ある1日の物語をお話ししていこうと思います。


ザザザザザッという音が鳴り出すとともに、隣の部屋が騒がしくなる。

「今日は1日晴れてんじゃなかったのかよ」

と呟く隣人の声。

違う、今日は元々、飴の降る日だったはずだ。

数ヶ月に一度の飴の降る日。この部屋に事前に届いたカレンダーにも、しっかりと記されている。

このカレンダーのおかげで、天気の急変に困ったことは、ここ数年ない。この部屋に越してきてからだから、もう三年は経つか...

最初の頃は、頼んでもいないのに、毎月のようにポストに入ってくるこのカレンダーが、不思議で仕方がなかった。
段々と、カレンダーのマークと実際の天気が百発百中で当たっていくことに気付いた。

これは使える。どこの誰がどういう目的で送ってくるのかわからないが、おそらく前の住人が住所変更をし忘れているのだろう。そうなると、この部屋にもともと住んでいた人は、何者なのか。

謎は深まるばかりで、最初こそ探偵気分で色々と調べてみたものの、大した成果があげられないと悟ってからは、大人しくカレンダーを利用させてもらっている。

飴の降る日は、いいことが起こる。
前回の飴降りの日は、懐かしい友と偶然の再会を果たした。

今日も、外に行ってみるか。
重い腰をあげ、玄関先の傘を手に一歩踏み出す。

飴は濡れるものじゃないから、正確に言えば傘はいらない。しかし、道行く人は皆傘をさし、いかにも濡れるのが嫌だという顔をしている。
初めての飴の日に怪訝な顔をされてから、人目を憚り、傘をさすのが習慣となった。

散歩道の途中で、鈴の音がして思わず振り返る。そこには、最近姿が見えなくて心配していた、近所の野良猫がいた。

毎日のように見かけていた頃、懐かれていたわけではないが、逃げられもしなかった。

久しぶりに見たが案外元気そうだ。
そう思いながら、前のように遠くから見守っていると、飼い主のおばあさんが、外に出てきたのが見えた。

「ばあさん、もう良い加減諦めんか。あの子が居なくなってから何日経つと思ってる?」

「そんなこと言ったって、あの子がどこかで亡くなったってわかったわけでもないでしょう。きっと今日こそ、お腹を空かせて帰ってくるんです!」

飼い主さんも久しぶりに見たが、なんだかげっそりとしてみえる。前は、猫がご飯を食べるところを、優しげに見つめる人だったのに。

野良猫は、目の前に置かれたご飯に視線を向けただけで、食べようとしない。

「雨なんだから、体を冷やす前に、早く戻ってきなさい」

おじいさんに連れ戻されたおばあさんには、猫の姿が見えていないようだ。

“飴の降る日はいいことが起こる”

でもそれは、現実と別世界との狭間で起こる。
向こうの世界が見えても、ギリギリ現実世界で生活を営む私には、つらいすれ違いを目撃しなければいけない日でもある。

前の住人には感謝している。その何者かのおかげで、天気の急変には困らなくなった。
でもやはり、天気で一喜一憂する日々が懐かしく思える日もある。

初めて飴が降った日から、私は、飴が食べれられていない。


お読みいただき、ありがとうございました。
少しでも、面白いと思っていただけたら、すごく嬉しいです。

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