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【シナリオ】あの世ワーク 2

前話:あの世ワーク 1

○あの世センター・待合室(夜)

   厚子、マニュアルを読みながら長椅子に横になっている。
   受付がやって来る。

受付「我々はもう帰りますので」

   厚子、体を起こす。

厚子「あ、受付の……お名前、何ていうんですか?」

受付「我々に名前はないんです」

厚子「じゃあ『受付さん』で」

受付「あなたも名前、分からないんですよね?」

厚子「そうなんですよ、不便だな……あっ、そうだ、番号!」

   厚子、番号札の数字を見る。
   『1414・881』と書かれている。

厚子「イヨイヨ、ヤバイ……不吉だな」

受付「歴史の年号とかゴロ合わせで覚えるタイプですね、あなた。長いんで、『イヨさん』にしましょう」

厚子「イヨさん……?」

受付「それではイヨさん、また明日」

   受付、部屋を出ていく。

厚子M「私はここに留まる間、この建物内で過ごすことになったが、彼らには帰る場所があるということなんだろう。そして『明日』がある、と。『あの世』のことはまだ分からないことだらけだが、そんなに構えることもなさそうだ」

   厚子、一人で笑い出す。

厚子「ふ、ふふっ。こんな状況でも意外と冷静な私! ふふふっ」


○猫の庭(夢)

   厚子、美しい庭に立っている。
   驚いた顔で辺りを見回す。

厚子「あれっ? 何でいきなりこんなところに? 夢でも見てるのかな……、明晰夢ってやつ?」

   チリン、と鈴の音がする。
   厚子、音のした方を見る。
   黒猫(50)、厚子の近くに歩いて来る。

黒猫「おや、珍しい。死にかけの迷子か」

   厚子、黒猫を凝視する。

厚子「えっ……、猫、猫が、しゃべっ、喋った?」

黒猫「うん? 猫? ……ああそう。そうね。猫、喋るよ」

厚子M「そうか、ここは夢の中だから、猫も喋るのかもしれない。それにしてもイイ声だけど」

黒猫「そこの迷子さん、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」

厚子「あ、私ですか? 何でしょう?」

黒猫「ちょっとねえ、探し物をね……してて」

厚子「探し物? どんなものですか?」

黒猫「それがねえ……思い出せなくて」

   厚子、眉間に皺を寄せる。

厚子「……それじゃあ、探しようがないじゃないですか」

黒猫「うーん、でも探しているんだよ」

   厚子、首をかしげる。

黒猫「そこの池を覗いてみて」

   黒猫、池を指し示す。
   池は澄んだ美しい水で満たされている。
   厚子、池を覗き込む。

厚子「ここに落としたんですか?」

黒猫「ほいじゃ、いってらっしゃい」

厚子「へっ?」

   黒猫、厚子を後ろから押す。
   厚子、池に落ちる。


○駄菓子屋・店内(夕)(夢)

   厚子(10)、川村清春(10)の手を引いて駄菓子屋に入る。

厚子「ホントにハルはトロいんだから」

清春「ごめん、あっちゃん」

   松田(63)、店の奥から声をかける。

松田「いらっしゃい。欲しいもの決まったら声かけてね」

厚子「ほら、ハルも早く選んで。スイミングに遅れちゃう」

清春「ま、待って」

   様々な駄菓子の中に、キャンディのジュエルリングが置いてある。
   厚子、ジュエルリングをじっと見つめる。

松田「女の子はやっぱり、そういうの好きだねえ」

   厚子、ムッとした顔をし、ぶっきらぼうに答える。

厚子「別に。それに男の子だって、好きかもしれないじゃない。誰かにプレゼントするために買う子だっているかも」

   松田、静かに笑う。

松田「面白いことを言うね、あんた」

   (夢終わり)


○あの世センター・待合室(朝)

   受付、長椅子に寝ている厚子に声をかける。

受付「イヨさん、起きてください」

   厚子、目を開ける。

厚子「……夢?」

受付「今日からお仕事ですよね」

   厚子、ぼんやりしながら体を起こす。

厚子「何だったんだろう、今の夢は……あの人、どっかで会ったような……」

   ×   ×   ×

(フラッシュ)

厚子「あ……お元気で」

松田「ハハッ、面白いことを言うね、あんた」

   ×   ×   ×


厚子M「あっ! あのときの! 夢の中より老けてたけど、多分そうだ!」

   厚子、受付に尋ねる。

厚子「受付さん、昨日ここで会った人が夢に出てきたんですよ。何でですかね?」

   受付、少し考えた後、答える。

受付「あなたがここで見ることができるのは、生きているときに何らかの接点があった人だけなんですよ。ただ、我々のような職員は例外で、ノンプレイヤーキャラクターみたいなものですが」

厚子M「ということは、あれは私の記憶……なのだろうか。だとすれば、おそらく『あっちゃん』が私。……まあでもせっかくだから、ここでは『イヨさん』のままでいいか」

厚子「ふふっ」

受付「どうしました?」

厚子「あ、いえ、『イヨさん』って素敵な名前を付けてもらえたな、って思って」

   受付、軽く目を見張る。

受付「面白い人ですね、あなた。気に入ってもらえたなら、よかったです」


○同・面談室

   厚子が担当の椅子に座り、その傍らに担当が立っている。

厚子「あなたたちは職員A、職員Bみたいな感じで、固有の容姿とか名前がないんですね」

担当「そうですね。だから私のことは『担当』でいいです、『イヨさん』。それにしても、記憶が戻ってきているということは、あなたは死に近づいているんですかね」

   厚子、目を丸くする。

厚子「えっ、そういうことなの?」

担当「聞いた通り、ここでは接点のあった人だけが見えるので、これから会う人たちもそうです。もしかしたら記憶が戻るきっかけになるかもしれないですね」

厚子「思い出したほうがいいのか、よくないのか……」

担当「とにかく、お仕事はしてもらわないと」

   厚子、そわそわする。

厚子「最初だけは担当さん、付いててくれるんですよね?」

担当「この部屋の中では、担当する職員一人だけしか見えなくなるので、陰からのサポートです。ちなみにあなたもこの業務に就く以上、その人の記憶から容姿を借りることになると思います」

厚子「えっ? どういうこと?」

   担当、ヘラヘラと笑う。

担当「まあまあ、実際にやってみたら分かりますよ。私はここで見学させてもらいますね。さ、そろそろ来ますかね」

次話:あの世ワーク 3

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