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[理念] 空を飛ぶということ。

久しぶりにちゃんとnoteを書きたいなと思って、パソコンを開いています。
体調を崩してバイトに行けなくなったから丁度よかったかも笑

書きたいことは沢山ある。
けど、体調を崩してちょっと疲れたなって思って、少し泣いちゃったなぁって今だからこそ「空」について書こうかな。


前に〈空に落ちた〉というnoteを書いたことがあって、その時に自分が 空 というものに魅了された日のことを綴った。

みのはよく、「空を飛びたいんだ」って話をする。
きっとみのの周りにいる人はほとんど聞いたことがあるんじゃないかな。
でもその意味は多分半分くらい伝わってなくて、厳密にいうと
「空を飛びたいし空を飛べる人が増えて欲しいんだ」ってこと。

んん〜、難しい笑

少しだけ、みのが“こうなる前”の話をさせて欲しい。



高校一年生のクラス合宿

高校1年生までそこそこ優等生だった。
良い子ちゃんをやってる窮屈さとかも正直その当時はあまり自覚してなくて、たまに、
サボるとかができる友人に憧れたり、誰かに聞かれた時のために勉強してる自分に気づいたり。くらい。

変わったのは初めて無断早退した時。すごく空が綺麗な日だった。
昼休みに親友から「抜け出してきちゃいなよ」ってLINEが来て、みのは窓際前から2番目の席、外を見ると秋晴れの気持ちよさそうな日。
荷物を手にこっそり教室を抜け出して、自転車で学校を飛び出して、坂を爆走しながら親友の待つ駅に向かった。

何度もしてる話かもしれないけど、
その時の高く広がる空とバクバクと動いている自分の心臓に 生きることの自由 を感じた。
この前ある子が「羽が生えた瞬間」と言語化していたけど、みのにとってはこの時だったと思う。


まぁ、それから“学校に行く意味”とか“生きる意味”とか、「自分は自分の人生をどう描きたいのか」を考えていたらこんなふうになってたんだけど。



運営しているイベント(街いろいろ交流会)


フィリピン(セブ島)の子どもたち


逃げることと、飛び出すことは別だと思っていて。

飛び出すって、必要だと思うんだ。
今いる環境や今の自分から想像できるこれからの自分が、なりたいものとは違う方向にいる時、このまま進んだ先に希望が見出せない時、大事なものが守れない時、
「飛び出す」が必要だと思う。

逃げるってその先に自分が必要としているもの、なりたい像があるけど、目の前にあるモノへの感情で楽な方へ目を逸らすってことで、
飛び出すこととはまた別。

ただそこって正確にどっちが正解とか判断できる人がいなくて。
だから、逃げることと飛び出すことと、他人の目と自分勝手がぐっちゃになって、“飛び出せない人”や“逃げ続ける人”が生まれちゃうんだと思う。

まぁ、「逃げないこと」と「飛び出すこと」が良いと思っているみのの価値観上での話だけど。


西日本一周中の餃子出店(ピースしてるのは相棒)


無人島でサバイバルキャンプ



少し話が変わるけど、去年の8月に日本一の花火大会って言われている「長岡花火」に行ってきた。
ずっと話に聞いていたから誘ってもらえた瞬間に即決。
仲間内10人くらいでレンタカーを借りて新潟の、長岡に向かった。

日本一って言われてるからすごいんだろうな、とは思っていたけど想像以上……
今まで見てきた花火大会と全然違くて、空に打ち上がった花火が河川敷に寝転がっている自分の元まで降ってくるようだった。


一緒に行った子が撮ってくれた


でも1番自分の記憶に残っている瞬間の映像があって、
みんなで見ているところから離れて河川敷の上の通路で見ているときの景色。他のお客さんの後ろ姿とか、通路を歩く人たちと一緒に見たときの景色。
なんでか分からないけど、その瞬間が1番泣きそうだった

後からもっかい考えて言語化したこと。
みのは花火の綺麗さにもすごく感動したけど、それよりもそこに集まっている20万人とかの人々が1人残らず空を見上げている姿に感動したんだと思う。
その空気が上昇していく感覚に、その場が持つエネルギーに感動したんだと思う。


その時に撮った写真、あんまり分からないかもだけど


一緒に行ったみんな


実は前にもそんな体験があった。

確か2年前の3月ごろ体と心が思うように動かなかった時期、
夕方スーパーにでも行こうって思って外に出ると初めて見たってくらいの綺麗な虹が空にかかっていた。
「すごい!!」って思って携帯を取り出すと、隣の老人ホームから声が聞こえてきて、車椅子に乗ったおばあちゃん達と職員さん達が空を見上げてはしゃいでいる。

道を進むと少し開けた場所があって、雨上がりの街全体が夕陽の、光の粒に包まれているのが見えた。
道路にはわざわざ車を止めて夕陽の写真を撮ってるサラリーマンがいたり、エプロン姿のお母さんが家から出てきたり、
歩いている人は少ないけど、そのみんなが顔を上げて空を見ていた。

その時の街に広がっていた、浄化されていくような空気の上昇感を忘れられない。



「顔を上げる」という動作には人のストレスを軽減し、前向きな思考にさせる働きがあるらしい。
目線によって脳の動きが変わって、上を向くときは過去や未来の映像や想像にアクセスし、下に目線がいくと感情にアクセスするので内面対話が始まる。

「楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しいんだ」って相葉くんかな?が言ってたのを覚えてるけど、
実際形だけでも笑顔にすることでストレス軽減の効果があると言われている。

そういう、自分自身が気づいてないだけで勝手に作用している部分って実はもっとあると思ってて、実はこんなところでも使われてる。

例えば、ミラノ万博では長時間並んだときのストレスを軽減させるために、人が待たされる場所の天井に映像を映していたそうです。

GLOBIS知念録

みのは、これってもっと何かできるんじゃないかなって思った。
人が誰かの描いたレールから飛び出し、自分の人生を描き始めるキッカケを作ることに繋がらないかな、って。

実際、あの日空が晴れていなかったらみのは飛び出せていないんじゃないか、とも思う。


西日本一周中・和歌山の海



3月末、ある企画でこれをやってみる。

「空飛ぶナナイロproject」

〜人がつい、上を向いてしまう7つの仕掛けを作る!〜

天井にアートを作ったり、
いろんなカラフルを掛け合わせたパフォーマンスをしたり、
みんなで願いを込めてシャボン玉を飛ばしたり。

ちゃんと形にしてみるのは初めてで、協力してくれる人や関わってくれる人たちにもうまく伝えられるのか分からないけど、
「空を飛べる人を増やしたい」そこに少しでも繋がったら、仮説検証できたらと思ってる。


これは一歩目。
ここで完結するんじゃなく、これを人の日常の中に、人生の中に表現できるようになるための最初の一歩。

人が顔を上げ、自分の人生に踏み出していくキッカケを作ることが、
日々の中に新しさや変化を作ることがみのの使命だと思っているから。


でもみのが1人でできること何て全然ないから、
力を貸してください!




[理念]空を飛ぶということ


なんか、好きな写真


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