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私の鼻の歴史【エッセイ Vol.3】

 私は「鼻が高いね」、とよく言われる。初対面の方は、私の横顔を見ると特に目につくそうだ。「生まれつき鼻が高いなんてうらやましい」と言われることもあるが、実はそうではないと私は思っている。

 私は高校生の頃まで鼻炎もちだった。花粉症ではなかったのだが、とにかく常に鼻がつまっていた。しかもよりによって、次々と鼻水が出るのではなく、完全につまっているだけの全く鼻呼吸ができない症状なのだ。

 味噌汁に入ってるシジミの中でも、たまに口が閉じてしまっているものがあるが、まさにそれである。鼻の奥の穴が完全に貝の口のようにぴっちり閉じてしまっているのだ。これは自分でライトを当てて鼻の奥を照らして確認したのだから間違いない。いくらかんでも鼻水はあまり出ないから全然すっきりしない。口も閉じれば呼吸は不可能だから、常に口を少し開けたままのアホ面になってしまう。

 当時の私は、少しでも鼻の穴をこじあけて空気を通したかった。だから何度もティシュで鼻をかんでいた。無理してかんだ直後、一瞬だけ鼻の穴を広げることに力を尽くしていたのだ。鼻の周りがヒリヒリになって痛がっている私を見て、母親が気の毒にと思い、当時は珍しい『鼻セレブ』を何箱も買ってきたくらいである。ものすごく鼻炎がひどくなると、病院に行って点鼻薬をもらうが、それでも一時的。だからひたすら鼻をかむしかない。

 学校には箱ティッシュを常に机の下に忍ばせておいた。大量にティッシュが山積みになってしまうので専用のごみ袋も机の下にセットした。授業中は鼻をかむ音が恥ずかしいので、限界がきた時以外は休み時間中で必死に鼻をかんでいたのである。

 小学生の頃、東京に住んでいる関西人の祖父の家に遊びに行った時のことだ。私はそこでも鼻を1日中かんでいた。いつの間にかティッシュ箱が空っぽになったのを見て驚いた祖父は、「そんなかむな!かむから治らへんのや。我慢せい。」と根拠のないことを言ってきた。医者でもないじいさんが、自分が今使おうと思ったティッシュがもう既に無くなったからって無茶苦茶なことを言う。私は無視してさらにティッシュを消費してやった。

 そんな日々を過ごし、中学校を卒業する頃から、周囲に「鼻が高いね」なんて言われることが多くなった。私は童顔だし、別に体型が大きく変わったわけでもなかったから特に自覚はなかった。

 ある日学校で、友達が鼻にピンクの洗濯ばさみのようなクリップを着けていた。「どうしたのそれ」と聞くと、「これは鼻を高くする専用のクリップなの」と彼女は答えた。たしかにちょっと形状は変わっていたが、挟めればなんでも代用ができそうな簡易的なものである。そんな手軽なセルフ整形もあるものなのか。感心していると「でも、おのぎは必要ないね」と彼女に言われた。

 私はこの時、なぜ自分の鼻が高くなったのかについて考えた。ちょっと前まではどちらかというと丸みがあって、イラストで表現すると「C」のような鼻だった。放課後になっても結論が出ないまま、私はまた机からティッシュを取り出した。この時、ようやく私は気づいたのだ。

 自分の鼻の高さが成長した原因は、鼻をかみ続けていたからではないだろうか!

 鼻をかんでいるときは、このクリップと同様の力で鼻を挟む。この友達よりもずっと成長期を私は鼻を手で挟み続けていたのだ。ほとんど毎日休むことなく、何年間も継続していた。間違いない。

 幼いながら誰にも頼らず自分自身で答えにたどり着いた私は、なんだかすごく清々しい気分になっていた。科学的な根拠はもちろんない。だが、実は私の母も鼻が高く、ものすごい花粉症の持ち主でティッシュは欠かせない。一方、鼻の低い父と弟は風邪を引かない限り、特に鼻炎の症状はない。ほーら、やっぱり。

 激しい鼻炎に悩まされ、毎日授業中は恥ずかしいし、寝るときは辛かった。だが、おかげで鼻が高くなった。今では、あの何年間はどこかの鼻仙人が私に鼻を成長させるための修行を与えていたんだ、と思うことにしている。



【筆者プロフィール】
いのめ:小野木里奈
女優。コラムニスト。東京生まれ。
幼い頃から小説、漫画、アニメ、旅行が好き。美術館にも定期的に通っており、アートに触れることも好き。女優として活躍の場を広げるために何か自分にしかないものを取り入れたいと思い、18歳でボクシングのプロテストに合格、21歳で大型自動二輪免許を取得。現在は、バイク専門webサイト『バイクのニュース』にてコラム『小野木里奈の○○○○○日和』を毎週連載している。このnoteでは、本人自身が日々感じたことや日常を自由に、そして素直に綴る。

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