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砂の中で暮らすわれわれ〜石弘之『砂戦争 知られざる資源争奪戦』感想書評〜

最近家の近所の図書館がリニューアルオープンするという僥倖にあずかり、普段なら買わない本を見繕っている。その中で目についた本。刊行は2020年。まあ正直おもしろくなさそう〜と思いながら、仕事上土砂に関係したこともあるので頁をめくった。

 もしもビルのなかの書店でこの本を手に取っているのなら、まわりの壁、床、天井を見回してほしい。このコンクリートの7割は砂でできている。電子本で読んでいるなら、パソコンに入っている多くの半導体の原料が、砂の石英からきていることを思い起こしてほしい。

三頁 まえがき

めちゃ惹き込まれる冒頭じゃん!!
この1行だけで、われわれが如何に砂という資源の恩恵を受けているかわかる良い書き出しだ。

6章構造であり、内容はざっくり以下の通りだ。

1章 世界は都市化している
2章 各国がいかに砂を消費しているか
3章 砂とは何か、何に使われるのか
4章 世界で暗躍する砂マフィア
5章 日本の砂浜風景の起源は
6章 砂問題の今後は

個人的に第3章が特に興味深く読めた。砂がどうやって生まれるのか。中学理科で習うが、河川上流の岩石が流されるうちに削られ小さくなり河口付近で小さくなったものが砂だ。ただの自然現象として理解していたが、砂は資源であるという観点に立つと、「砂の生産・供給過程」と理解しなおせて見方が変わる。別章では砂の採取を禁じた結果、数十年後には土砂の量が回復した事例も紹介されており、まるで林業や漁業の採取量調整そのものである。砂が魚や木と同じ資源であることが体感的にわかる。
「サハラ砂漠とかに砂いっぱいあるじゃん!」という誰もが思いつく反論に対し、「砂漠の砂は角が丸くて粒子の噛み合わせが起きないので利用に不都合がある」と文中でしっかり先回りしているのも頼もしい。

砂の利用方法も発見が多い。「コンクリートの骨材」「埋め立て用土砂」「工業製品の原料」が主な利用方法と筆者は指摘するが、さらに「シェールオイル掘削用」の需要が増加していると解説する。
シェールオイルは地下深くの岩石に染み込んだ石油のことだ。採掘するためには1000メートル以上の縦穴を掘った後に横穴を広げ、そこから水と砂粒等を流し込んで岩石を砕き、その隙間から地中圧を利用して搾り取る必要がある。現在シェールオイルが石油市場に占める割合は大きい。となると、われわれはコンクリートや半導体だけでなく、石油さえも砂に依存していることになる。この記述には「へぇ〜!」と声が出た。シェールオイルの発見と供給増のニュースは知っていたし、「これで石油枯渇問題解決じゃん!」と勝手に安心していたのだが、手段としての砂枯渇は知らなかったので問題への解像度がまた上がった。

4章と5章は砂の闇ビジネスや江戸時代の飛び砂対策が中心に語られる。時代や背景によって、砂は金銀財宝のようにもなれば、自然災害としても扱われる。これは水にも共通することだと思った。水が希少で輸入する国もあれば、洪水や大雨で水に脅かされる国もある。そして、水と砂の関係は深い。水は河川となって砂を生み出す、砂の母のような存在だ。一方で、砂は陸を形成し、河川も陸の影響を受ける。河川の砂を採掘しすぎて川幅が広がり勢いが減ると、満潮の海水が河川を逆流したりする。ある意味、砂が河川を、水を守っているとも言える。グラードンとカイオーガじゃん…。

6章に顕著だが、全章を通じて人口爆発への懸念と大量消費社会への警鐘ともとれる紋切り型の批判に感じられる部分が多い。1940年生まれの筆者の、疎開した幼少期へのノスタルジーも随所に見られる。こう書くと「おじいさんが『昔は良かった』と言ってる系か」と思われそうだが、そもそも砂資源問題に関心を持ったのが70歳を超えてドキュメンタリー映画をNHK-BSで観てからで、80歳で刊行しているのだからバケモノおじいさんである。建材をリサイクルさせる技術や砂以外の新骨材にもきっちり言及しており、ただのノスタルジーおじいちゃん本ではない。

大阪に走る木津川や神崎川のそばを通ると、土砂を積み込んだ台船を、曳船(タグボート)が引っ張る光景を見かける。はじめは何をしているかよくわからず人に聞くと「あれは砂屋や」と教えてくれた。砂が売り物になると初めて知ったのは、今から3年ほど前だ。
考えてみると、自分が生まれた場所も、今住んでいる場所も人工的な埋立地である。マンションに暮らし、パソコンやスマートフォンを使いながら、プラスチック製品を買ったり捨てたりしている。この人生全ての根幹に砂が関わっている。紛れもなく砂という資源の恩恵を受けている。資源と聞いて真っ先に浮かぶのは水や樹木や石油だが、砂も資源だったのだ。そして砂は岩石であり、岩石は地球である。自分の生活が壮大なスケールなものと接続する、深遠な気持ちになる良書だった。

映画ドラえもんのモチーフになってくれないかなあ、砂。

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