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あの33「ヘンイ」


“コニシ”これが私の名前だ。何もない一般のしがない男性サラリーマンである。
仕事して、帰って寝る。仕事して、帰って寝るが毎日のルーティーンだった。

ある朝、起きたら体の感触が変だった。皮膚、筋肉がぶよぶよするのだ。
心配になった私は病院に行った。病院の検査では問題ないが、ひとつ気になるとしたら
「はんぺんに近い成分が身体の中にあります」と先生に言われたことだった。
「どういうことですか?」
「分からないが、成分がはんぺんに近いものが多くあるんだ。それでこの弾力なのかはよくわからないが。もし、良ければ大きな病院に紹介状を書こうか?」
と言われたが、断った。
体のパーセントでどれくらいが“はんぺん”と同じ成分になったのかはよく分からないが、仮定では私は“はんぺん人間”になってしまった。

詳しく調べようとしたらできるが、きっと大きな病院に行ったら二度と出てこれないだろう。人権というものを片隅に置き、きっと実験されるのだから。


毎日のルーティーンは何も変わらない。食べるものも、感覚も。ただ、一つ。お風呂の温度が熱湯じゃないとダメでそれも日に何度も入りたいという欲求が出る。それほど強い欲求ではないが、突き動かされるものはあるので煩わしい。


「おはよう」
こいつは“ナカタ”同僚だ。コイツも特に変わった特徴はない。関係も“同僚”程度。会社でしか喋らない。

「おはよう」
「あれ?」と言い、ナカタが私に近づいてきた。何かしらの匂いを嗅ぐ。


「はんぺん食べました?」

なんだその質問は。匂いでわかるのかこいつは。

「食べてないよ」
「おかしいな。はんぺんの匂いがするんだけどな」

はんぺんを匂いを嗅ぎ分けられるナカタは何者なのか。よく分からない。


ある日、ナカタは転んだ拍子に私にぶつかってきた。
「コニシさんすいません」と言うナカタ。
別に良かったが、ぶつかった時に手を舐められた気がした。気のせいだと思うが。




僕は“ナカタ”しがない男性サラリーマンだ。
僕には愛してやまないものがある。

「はんぺん」だ。

これを食べるために生きてると言っても過言ではない。全国全てのはんぺんは食べ尽くした。

と思っていた。
同僚に“コニシ”というやつがいるのだが、そいつからはんぺんの匂いがした。気になってぶつかった拍子に舐めてみた。

はんぺいだった。


人間型のはんぺん。食べたことない。これはチャンス。絶対に食べたい。意識がある。これは犯罪か? そんなことはない。
この“はんぺん食べたい”という欲求は強い欲求で理性は効かない。
僕は着々と準備した。


ある夜。“コニシ”が会社が出て帰ろうとすると後ろから何かで殴られ、大きな車に乗せられて運ばれた。

その姿をたまたま非番の刑事“フルタ”が見ていた。これは事件だと、フルタは単独で車を追った。


コニシが目を覚ますと大きな倉庫。体は縛られていた。
「おはよう」と会社で挨拶するようにナカタが声をかける。
目の前に大きな鍋が用意されていて、ぐつぐうと煮え切っていた。
「これはなんだ?」
「大きな鍋だ。お前を食べるための」
「お前、それって私を殺すことになるぞ」
「承知だ。でも仕方ない。食べたい」

ナカタは狂っていた。それから延々とはんぺんへの愛を語られた。それから私は鍋に落とされた。熱湯の温度をゆうに超えたその鍋。中で紐は解けた。

私は体がはんぺんのため熱さを感じなかった。潜ってナカタを待つ。鍋の様子を確認したナカタをひきづり込んだ。

ナカタはもがいた。目の前でもがいているナカタを鍋の底に沈めて、死を待った。

水の中でも苦しくなく、ナカタを沈めている感情は無だった。何も感じない。ただ、生きようと暴れている力を感じるぐらいだ。

ナカタは生き絶え。それから私は鍋から出た。
そこに銃を構えたフルタがいた。
私はその場で逮捕された。


警察で洗いざらい話、被害者である私。容疑者であるナカタは“事故死”ということになった。

フルタはどうも腑に落ちない様子だったが、私は最後にフルタに
「今回の傷はなくならないですけど、人間は本当に怖いものだと思いました。鍋の中で溺れていたナカタを助けられなかった私もその件について“反省”しています」と言った。

「あなたは反省する必要はない。本当に無事で良かったです」

「ありがとうございます」


反省とは言ってない。“はんぺん”と言ったのだ。私の感情は無だ。人間は怖いという感情しかない。

私が本当にはんぺん人間でそのはんぺんになるヘンイが進んでいくような形であれば私は今ゆっくりと前に進んだ気がした。

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