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【ルイス・メンドーサ】大谷翔平と大の仲良しメキシカンはロングリリーフも谷間の先発もできる便利屋として来日すると北の大地で躍動 日本シリーズ制覇に貢献するなど端正な顔立ちからイケメンドーサと呼ばれた投手

おはようございます。
日本で戦うために、海を渡ってきた
愛すべき助っ人たち。

今回はルイス・メンドーサを
取り上げていきます。

https://www.youtube.com/watch?v=Sp4lqBwaNNY

1983年、メキシコはベラクルス州に
生まれた本名
ルイス・アロンソ・メンドーサ・ロドリゲスは
2000年に、アマチュアFAで
ボストン・レッドソックスに入団すると
1Aアドバンスで汗を流していた
2006年7月、巨人やロッテに在籍経験のある
ブライアン・コーリーとの交換トレードで
テキサス・レンジャーズに移籍、
メジャーデビューを飾りました。

2008年には、11試合で先発を任されましたが
防御率8.36と思うような結果は残せず
翌2009年に3Aでノーヒットノーランを
達成したものの、MLB登板はわずか1試合に
留まっていたのです。

カンザスシティ・ロイヤルズに移籍して
迎えた2011年7月、3Aで自身2度目の
ノーヒットノーランを達成した事から
再びメジャーの先発を任されるようになると
2012年、自己最多の30試合に登板して
25先発、8勝を挙げる活躍を見せました。

翌2013年はシーズン開幕前に開催された
WBCメキシコ代表として出場してから
チームに合流、15試合に登板して
2勝6敗と振るわず、FAの対象となりましたが
オフに参加した
メキシコのウィンターリーグでは
カリビアンシリーズに出場してMVPに
選ばれたのです。

その活躍に目をつけた
北海道日本ハムファイターズは
ロングリリーフや谷間の先発も出来る
便利屋と評価して交渉を開始、
年俸1億円の2年契約を提示すると
先発をやらせてもらえるチームを
熱望していた身長190センチ、
体重108キロの右腕は
海を渡って来たのでした。

ロイヤルズでブレイクしかかっていた
メジャーリーガーは
2014年、開幕4試合目に先発投手として
来日初登板を果たすと
6回3分の2を1失点に抑える快投を見せ、
日本ハムの助っ人としては
クリス・シールバック以来12年ぶりの
初登板、初先発、初勝利を記録します。

その後も先発陣の一角として26試合に登板、
7勝13敗と負け越したものの
ポテンシャルの高さを見せると
翌2015年は25試合の先発登板で
10勝8敗の成績を残した事から
メジャーのスカウトが頻繁に
視察に訪れるようになりましたが
年俸1億9千万円で日本ハム残留を決めました。

3年目の2016年、チームはリーグ優勝を経て
クライマックスシリーズへ進出したものの、
メンドーサ自身は7勝8敗と負け越していた事から
ポストシーズンは救援要員に回ると、
10年ぶりの日本シリーズ制覇に貢献したのです。

チームの主力打者ブランドン・レアードと共に
メキシコ代表としてWBC出場を果たした2017年、
20試合に登板して防御率は3点台に抑えていましたが
打線の援護に恵まれなかった事もあり
3勝7敗にとどまると、7月以降は、
若手選手を起用したいチーム方針から
登板機会が激減していきました。

先発登板の機会を求めて他球団へ移籍を
希望していメンドーサは
怪我で戦線を離脱している
メッセンジャー投手の代わりを探していた
阪神タイガースと思惑が一致、
4年間で通算95試合に登板し、27勝36敗、
防御率3.80の右腕はセ・リーグに
戦場を移したのです。

北海道を離れる事が決まった日の夜、
仲の良かった大谷翔平ら10人程度で
最後の食事を楽しんだ助っ人は
「栗山監督をはじめ、素晴らしい
仲間に囲まれた4年間は私と私の家族にとって
かけがえのない時間でした。
北海道は永遠に私の第二の故郷です。
ファイターズに心より感謝いたします」と
別れを惜しむと
オリックス時代に対戦経験がある
阪神の糸井は
「すごくいい投手。ホンマ、心強いわ」と
加入を歓迎しました。

「日本ハムはサンディエゴ・パドレス、
阪神はニューヨーク・ヤンキースみたいな
ものだから
阪神で負けたら厳しく報じられるよ。
日本ハムのように温かい応援ばかりじゃないけど
頑張ってって球団関係者に言われたんだ」と
気を引き締めて臨んだ(のぞんだ)
9月3日の中日戦でしたが、
7回4失点で敗戦投手になると
その後も勝利のないまま
レギュラーシーズンを終えたのです。

阪神残留を希望していた
メンドーサでしたが
自由契約選手として公示されるとメキシコへ帰国、
ウィンターリーグの
ヤキス・デ・オブレゴンに入団し
横浜から派遣されていた乙坂(おとさか)と
チームメイトになったほか、
2018年にはNPBで対戦経験のある
ルイス・クルーズとも一緒になりました。

その後はメキシカンリーグ数球団を
渡り歩いたのち引退すると、2021年から
新球団グアダラハラ・マリアッチスのGMに就任、
日本ハム時代に同僚だった
中村勝(なかむらまさる)投手を
獲得するなどフロントの仕事に
専念していましたが
「ずっと鍛えていたし体調もいい。
引退した選手のような体には
なりたくなかったし、また夢を追ってみたいと
思ったんだ。一度GMとして仕事する機会も得たし
フロントは将来的な目標ではあるよ」と
現役に返り咲いたのです。

平均球速144キロのストレートを見せ球に
スライダーにナックルカーブ、シンカーを
低めに集めて凡打の山を築くと
マイナーリーグで2度のノーヒットノーランを
達成した助っ人は、休日になると札幌市内の
焼き鳥屋に一緒に出掛けるなど
仲の良かった大谷投手から
「彼氏にしたい選手」と言われるほど
仲間から愛されました。

2022年、家族でエンゼルスの春季キャンプを
訪れてオープン戦を観戦した際には
「一平(いっぺい)は変わらないけど、
翔平は体が大きくなっていて驚いたよ、
彼は今や大リーグの顔。
サイ・ヤング賞と3冠王を狙ってほしいし
彼ならできると思っているよ。
来日1年目から仲良くしてくれて
翔平が努力する姿を間近で見ながら
練習の大切さを学んだんだ。
メジャーに絶対行かなきゃ
いけない凄い才能を持った存在だと
思っていたから、アメリカでの活躍は
とても嬉しいし誇りに思うよ」と
英語を教えてあげた元チームメイトとの
再会を喜んだのです。

その端正な顔立ちから
「イケメンドーサ」と呼ばれた助っ人は
自宅から札幌ドームまで
一般客に交じって地下鉄で通ったほか
大谷翔平の1イニングお試し先発の際には
嫌な顔ひとつせず、その後を担うほどの
性格の良さに加えて、子を授かった時の
溺愛ぶりから「育メンディ」とも称された
北の大地のメキシカン、
ルイス・メンドーサ

いかがでしたでしょうか?

これからも海を渡り、日本に衝撃を
与えてくれた最強の助っ人たちを
ご紹介していきますので
是非ご登録よろしくお願いいたします。

ご視聴ありがとうございました

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