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人は自然を知り得ない

 人間とは何か。人間は、地上で考えることのできる唯一の動物であると自負してきた。そして人間は自分自身を知り、自然を知り、自然を利用でき、知は力であると過信するようになった。人間は、自らの手で欲するものすべてを獲得することが可能である……と。
 人間は自然科学の発達、物質文明の遠心的な拡大に向かって直進してきた。人間は自然から出発しながら、次第に自然から離反していき、やがて自然の反逆児として人間独自の文明を築いてきた。
 だが期待した巨大都市の発達や、文明的、経済的活動の急激な膨張が人間にもたらしたものは、人間疎外の空い喜びであり、自然の乱開発による生活環境の破壊でしかなかった。
 自然から遊離し、自然から略奪してきた報いは、資源の枯渇、食糧危機の形で現れ、人類の危機に不吉な影を落とす様になった。ようやく事の重大さを知った人間は、何をなすべきかを真剣に考えはじめたが、根本からの反省をしないため、破壊への進路を変えることができないでいる。
 自然から孤立した人間の生活は空虚であり、生命と魂の発展の源泉は涸れはてて、人間はただ寸刻の時間と空間を争うだけの、奇怪な文明の中で疲れ病んでいくばかりである。

 この様に仰る福岡正信さんの本は身に沁みます。無耕起、無農薬、人の手を加えない農法には生命の根本があると思います。今の世の中とはかけ離れた世界ですが出来る事から実践していこうと思い色々調べたり準備してます。
 地球の命の循環の中に生きている私達の生き方、考え方、必要なもの、不要なもの、みんなでしっかり考えれば簡単な事の様にも思います。
 本来便利であったはずのお金。そのお金をかき集めるための効率だけを求めた大量生産。その大量生産が生む大量廃棄は実に不自然で物の深みを奪いました。時間、時間に追われて作るものもそうです、時は金なりをはき違えてはいけないとおもいます。時間短縮はものの深みを奪う。なんでもそうです。時間がお金を生む代わりに色々な味わい深い伝統の技が失われていってます。この先残るのはお金だけになるんじゃないかと思うぐらいです。お金はただの数字です。真剣に考え、みんなで変われば世もかわる。
 絶滅していった動物、植物の事を忘れてはいけない。なぜそうなったのか考えなければならない。人間がいちばん愚かな生き物にならない様に。

 人は自然を知り得ない。

 福岡正信さんが生きておられたら今のコロナはどんな話をしてくれるのか。

 素敵な未来を全ての子孫に残してあげられるのは大人の責任から。





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