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恩讐の彼方に

人生は近くから見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇だと言われるが、その最中にある人間にとっては笑っていられる状況ではない。

親にも性格的に良いところと悪いところがあり、それらが自分の中にも遺伝的に受け継がれている。

短気だったり、お節介だったり、心配症だったり、頑固だったり、いい加減だったりする。

良い部分はそのまま活かし、良くないと思われる部分は自分の中で常に意識して抗い、他人にはそのまま表現しないように努めているのだが、裏を返して見れば、使い方次第では、まんざら悪いことばかりでもなく、考え方次第の部分もあることに気づく。

そもそも性格的な善悪とは他人との関係性において言えることで、どう受け取るかの問題かも知れない。

僕は両親から、直情径行で猪突猛進だと言われる性格を受け継いだので、生きて来て、敵も多かったが、深く理解し合えた仲間も少なくなかった。

この街に住んでいると、話せば分かる人間もいれば、残念ながら、力で捩じ伏せなければならないような人間も多くいた。

一括りに人間と言っても、今流行りの多様性というか、人間にはかなり違いと幅があることも幼い頃から学んでいた。

だからなのか、欧米の人権思想は宣教師を派遣して拡大した、かつての植民地政策とどこが違うのだろうかと疑っている。

片田舎から上京して来て、この街に住み着いた両親は、金も学歴も教養もない人間だったけれど、田舎者ゆえに人情深く、昔気質な人間だったので、躾に厳しく、そして篤い道徳心を持っていた。

親から貰った才能や財産など、まるでなかったけれど、命を貰っただけでも儲けものだったと思っている。

生まれて来なければ、悩みも苦しみもないのだろうけれど、当たり前に幸せも楽しみもないのだから、生まれただけでラッキーだったと考えられる。

辛く苦しいことが生きる上では当たり前だと思っていれば、あとは楽しく幸せなことばかりだと信じたい。

努力すれば、大概のことは何とかできるし、五体満足に産んでくれただけで親には感謝しかない。

中野信子さんに言わせれば、努力できるのも才能だという話だから、努力できる才能だけでも受け継ぐことができたのだから、有り難いことこの上ない。

親孝行はできなかったけれど、それほど親不孝もしなかったので勘弁してくれていると勝手に考えている。

しかし、親の介護を長くしていると、人は生まれ持った家柄や容姿、才能などがあったとしても、また、後天的に学歴や社会的地位を得たとしても、そして、また、人生の良い時代に、どんなに立派で美しいことを語っていたとしても、徐々に年老いて、病いて、認知症などになると、人格が崩壊するようになり、家族としては情け無い限りの弄便などをしたりで、最後は美談で済ますことのできない終わり方をするものだと学んだ。

良い時代はいつまでもは続かず、最後は生きた過程で得たもの全てを失って死んで行く。

だからこそ、ありきたりだが、毎日を大切に懸命に生きるべきだと学んだし、一期一会の意味も深く理解できた。

親とは、最も身近な他者であり、その生き方を通じて、良くも悪くも、子供に伝えるもの、伝わるものが多いと知った。

美しいところ、醜いところ、くだらないところ、誇るべきところ、その全てが、共に生きて暮らした時間で無意識に伝わり続ける。

今でも、毎朝、起きて鏡を見るだけで、自分の姿に、まだ親が生きているのだと気づく。

最近の若い人は、コスパやタイパが悪いと結婚を避ける傾向にあると聞くが、数字ではなく、具体的な経験から学ぶものも多い。

親は初めから親である訳ではなく、子供を持つことによって、自分の人生を遡って振り返り、幼かった自分を時系列に辿ることによって、あの時、あの場面で、親は子供だった自分の言葉や態度をどのように受け取ったのかを理解できるようになり、徐々に親になって行く。

経験が人の人格を形成する要素の大部分を占めるものだとすれば、生きることや生きていることは必ずしも素晴らしくはないけれども、迷いながら、悩み苦しみながら、何時も心が揺れ動いている状態が、まだ生きているということであり、それでも何かに気づいて、何となく満足して死んで行くのが人生なのかも知れないと今は思っている。

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