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ひとり旅をするおたく~伊豆大島一周編~#5

(十)
 時刻は夕方、ホテルのチェックイン時間までまだ少し時間があったので、サイクリングでかいた汗を流そうと港からそう離れていない露天温泉に行くことにした。

 観光案内所から聞いた情報だと、おみやげ屋でチケットを買うとわずかながら安いとのことだったので、港の目の前のおみやげ屋に寄って「浜の湯のチケットひとつください」と言った。
「はいはいチケットね」とおばさんは慣れた様子でコピー用紙を切ったような簡素な手作りのチケットを渡してくる。値段は百五十円。破格のお値段であるように思えるが元々の入浴料も三百円とかなりお安くなっている。

 そこは実際温泉と名うっているものの、公衆銭湯に近かった。安さに見合った通り、近所のプールかな?と思うような狭い脱衣所のすみで水着に着替えていると(混浴なので水着の着用が義務づけられている。入り口でレンタルも出来る)外国人観光客と思われるおばさんがカタコトの日本語で「鍵はどうやってかけるの?」と話しかけてきた。
アジア人はなかなか見分けがつかないので、台湾から来たのか韓国から来たのかもしくは中国から来たのかはわからないが、連れが見あたらないところ見る限りどうやら一人旅の途中のようだった。

 どの程度の旅行なのかはまったくの不明だが、日本に遊びに来るにあたって人気の観光地ではなく「伊豆大島」を選ぶところが渋い選択だなあ、なんて思いながらダイヤルロックの方法を単語と拙い身振り手振りで教えてあげた。

「アリガトウ」と微笑まれて、(たぶん)一人旅同士、なんとなく親近感を覚えてしまった。ここで私が気の利いた英語で「どこからきたんですか?私も一人なんです!一緒に夕ご飯でもどうですか?」なんて気の利いたことが言えれば旅先で素敵な関係のひとつやふたつ築けたのかもしれないが、残念ながらこちらも向こう側もコミュニケーション能力が足りていなかった。
 言語の壁は思ったよりも高い。

 攻撃的なまでに強い夕日を浴びつつ浸かる露天温泉は、旅行にやってきた若い男女で混みあっていて正直あまりリラックス出来なかった。複数の他人が楽しそうにしているのを見ると「あの女の人はひとりで来たのかな?(笑)」なんて仲間内でネタにされているのでは?なんて被害妄想力が活発化してしまう。

 ただ眼下に広がる海を楽しめるロケーションは最高で、人の少ない早朝なんかにひとっ風呂浴びに来たらかなり気持ちが良さそうではあった。明日の朝早起きできたら再チャレンジしてみよう、なんてことを考えながら湯から早々と上がった。

島の夕日が沈むところ


(十一)
「三村さん、予約されてたのって昨日ですよね?今日は予約入ってないですよ」

 予約していたカプセルホテルに着いたらそんな恐ろしいことを言われて肝が冷えた。なんと阿呆なことに、私は予約の電話を入れた時に宿泊日を誤って前日の日付を伝えてしまっていたのだ。(まるでお手本のような間違いだ)

 この疲れきった状態で見知らぬ土地に放り出されるのは困る。非常に困る。島のほかのホテルも民宿も三連休故に書き入れ時だ。今から空室が見つかるとは思えない。青い顔をしていると受付のおばさんがケロリとして言った。
「しかしラッキーですね、偶然にも今日も一部屋空いているんですよ」
 う~む、それを早く言ってほしかった。

 離島のカプセルホテルなぞ、どうせ寝ることが出来ればいい程度の設備だろうと高をくくっていたのだが、普通の家に最新の(といっても過言ではない)カプセルルームが並んでいるのを見て驚いた。部屋の中も適度に広くて明るくて快適そうだ。話を聞くとここのホテルは民宿を改造して去年に作られたばかりらしい。

 ロッカーに重い荷物をぶちこんで、カプセルの中に入って横たわってみると言い表せぬ心地よさと安心感に包み込まれる。幼い頃に押し入れの中に懐中電灯と漫画を持ち込んで即席秘密基地を作った時のわくわく感に似ている。

 カプセルホテルに泊まったのはこの時が初めてだったのだが、今や私はカプセルホテルの虜である。好きすぎて何も用事もないのに平日に東京のカプセルホテルに泊まったりしている。あの小さな箱には日常生活では経験できないロマンが詰まっているのだ。

 さて、荷物をおいて身軽になってから夕飯を済ませるべくホテルを出た。以前から目星をつけていたレストランは徒歩で行くには少し遠いが食べ物の為ならエンヤコラである。しかしながらエンヤコラして辿り着いたにもかかわらずレストランは予約客で既に店は満席とのこと。疲れた身体に無駄足を重ねてしまい、テンションも何もかも下がってしまった。

 島の店じまいは早い。都内とは違い、午後七時にはほとんどの店が閉まってしまう。夕飯を食いっぱぐれてしまうことを恐れて、近くの閉店間際のスーパーに寄ってカップ焼きそばを買った。今日一日こんなにエネルギーを使ったというのに晩餐がカップ焼きそばとはあんまりである。それは悲しすぎるのでしらみつぶしにまだ営業している飲食店がないものか狭い町中を歩き回った。

 幸いにもホテルのはす向かいに「定食」とのぼり旗が出たままのお店を見つけることができた。

 中の様子を伺うことのできない入り口の扉に一見様お断りオーラを感じるが、ええいままよと中に入った。中は小さな居酒屋のような佇まいで、私の他に先客の男の人が一人で来ていた。よかった、カップ焼きそばは回避できそうだ。

 からあげ定食とビールを頼んでボ~っとしていると店員であるぶっきらぼうなおばさんに「一人旅行?」と話しかけられた。

「自転車で島を一周してきたんです」と自慢げに言うと感心したように「へえ、すごいねえ」と感嘆の言葉が返ってきたので先ほどまでの落胆はそっちのけに鼻高々になった。

 定食にはからあげの副菜に、蟹の味噌汁とおでん、そして島の名物でもある明日葉の煮付けがついてきた。この草の独特の青みが私はなかなか好きだ。

 幼子のげんこつほどもある大きな唐揚げを頬ぼりながら生ビールを喉に流し込む。アルコールは疲れた身体に素早く巡回し、すぐにふわふわとした夢心地に襲われた。母の味のような定食に、お腹と気持ちが満たされる。

 向かいのホテルに帰ってからは風呂に入り、バキバキにこわばったふくらはぎをマッサージして二十一時には就寝した。

寝不足に極度の疲労、寝付けない筈がない。


#6へ続く


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