ひとり旅をするおたく~伊豆大島一周編~#完
(十四)
元町港には十三時頃に戻って来ることができた。
目星をつけていたガイドブックにも載っている人気の寿司屋は、昼過ぎにも関わらず人でいっぱいだった。店先から伸びている列に十分程並んでから店内に入る。ここでも店内の席は客でいっぱいのようで、テラス席に案内をされた。
二階のテラス席からは港の海が見渡せて気持ちがいい。注文を済ませて潮風を楽しんでいたところ、どこからか視線を感じる。視線の出所を探るとテラス席の向いの席に座っている女性と目が合った。偶然にも偶然、それは昨日温泉でロッカーの開け方を教えた外国旅人行者の人だった。相変わらず一人だったがテーブルの端っこで、私の頼もうとしていたどんぶりを口に運んでいる。ペコリと頭を下げると、相手も私を覚えていたようで微笑んだ。
彼女がどのようなスケジュールでこの伊豆大島を旅行したのかは詳しくは知らないが、きっと母国で日本への旅行を企画した際にガイドブックや観光用のサイトをみて、きっとこのお店の情報が載っていたのだろう。それを見てここのお店で丼ぶりを食べてみようと心に決めていたのだろう。私と同じように。
言葉こそろくに交わしていないが、私は旅の同志を見つけたような気持ちになってうれしくなった。おそらくもうこの先一生会うことはないけれど、確かな旅の同志だ。
暫くすると念願のべっこう丼がやってきた。おお、なんてことだろう。どんぶりの中に透き通った魚がてらてらと宝石のように輝いている。由来もべっこうのように輝いて見えるので「べっこう丼」である。その正体は島特製のとうがらし醤油につけこんで変色させた新鮮な白身魚である。漬けマグロの親戚のようなイメージだろうか。
実は私は大の寿司・海鮮丼好きである。現に海鮮丼を食べるためだけに北海道旅行を企てているところだ。東北生まれ故に、毎年実家には新鮮な海鮮のネタが親戚から送られてきたものだ。回転寿司も好きで、通うだけでは飽き足らず回転寿司をネタにした(寿司だけに)ショートアニメーションを作ったこともある。
とにかくそんな海鮮大好きな私だから今回のべっこう丼は名物ということもあり絶対に外せないと思っていたのだ。念願の食べ物を前に、少しばかり緊張しながら口へと運ぶ。
お、思ったより魚の歯ごたえがしっかりしている。なめらかだ。それでいて島とうがらしのピリッとした辛味が甘じょっぱい風味に効いている。ただの醤油漬けとは違う、どこかさわやかな、でもこってりとした風味。島の恵みの味だ。
私は夢中になってあっという間にそれを平らげた。
ああ、美味しかった~。満たされた気持ちでセットのもずく味噌汁をすする。ふと時計を見ると船の時間はもう一時間後に迫っていた。それはこの旅の終わりが近づいてきたことを意味していた。
(十五)
お腹と目的が満たされた私は、寿司屋から出ると元町のメイン通りまで戻ってきた。
メイン通り(と言ってもそこまで広くはないが)にはほんの数店ではあるが旅行者向けのお土産屋さんが連なっている。
その中でも一番にぎわって見えたお店の中に入ると、若いお母さんとおばあさんと小学生ぐらいの女の子が店番をしていた。いかにも親子三代で経営しております、といった感じだ。
私は観光地のお土産屋さんを物色するのが大好きだ。その土地の文化がお店の中にぎゅっと凝縮されているような気がする。例えば大島なら明日葉のお菓子やお茶(名産品なので)や椿のモチーフの小物や化粧品(同じく名産品なので)の横に、ゴジラのイメージしたお菓子(ゴジラ誕生の地なので)が並んでいたりしていて面白い。
更にその中に名産とは一切関係なさそうな男子中学生が好んで買いそうなドラゴンのキーホルダーとかが紛れていると余計テンションが上がってしまう。貰ったことろで用途に悩むだろう謎のキーホルダーが置いてあるのも、昔ながらのお土産屋の醍醐味だ。
会社へのお土産をどうしたものかと物色していると「お茶でもどうぞ」とお店のおばあさんが冷たいお茶を渡してくれた。どうやらお店の商品でもある明日葉茶の試飲のようだったのでありがたく頂いた。苦くもなく甘くもない独特の青みが癖になる。
結局、家と友達と会社用に明日葉ウエハースクッキーを何箱か、自分用に大島椿の洗顔せっけんを買うことに決めた。商品をレジに持っていくと、店番をしていたお母さんがお菓子を包み、娘さんがお母さんに教えられながらたどたどしくレジを打ってくれた。レジ前には何やら折り紙が入ったざるがあった。なんだろうと不思議に思っているとお母さんが「それ、娘が折り紙で折った椿の花なんです」と教えてくれた。
「へえ~可愛い。折り紙上手ですねえ」と感心して言うと、作者である娘さんは照れ臭そうに笑っていた。
「良かったら一輪どうぞ」という言葉に甘えてありがたく一輪頂くことにした。なんかいいなあ~と思った。名産の花を折り紙で作って店先に置くなんてなかなか「粋」なことをするじゃないか。紙で出来た椿の花は本物の花とは違い、柔らかくないし香りも何もしないけれど、とても素敵だ。私は娘さんが店に置く為に毎日椿の花を折っているのを想像してなんだかとても幸せな気持ちになった。
この枯れることのない花は、今も色あせずに私の机の上に飾られている。
(十六)
一日と数時間ぶりに見る大型客船「さるびあ丸」はなんだか前に乗った時よりも小さく見えた。
港の後ろ側にひっそりとある足湯に浸かって時間を潰していた私は、船がやってきたのを見て急いでタオルで足を拭いた。お土産を両手に本州に帰る観光客の波に乗って、船へと乗り込む。船には大島より奥の島から乗ってきた人が沢山甲板に出ていて思い思いの相手に。別れを告げている。
「元気でねー」
「またきてねえ」
港側には孫を見送るおばあちゃんや、娘若しくは息子を見送る父母がそれぞれの相手に手を振っている。私を見送る人は一人もいないのに、何故だか手を振りたくなった。
島が故郷の人はいいなあ、と思う。普段どんなに離れて生活していても船に乗って海を越えてくれば、変わらない空気と光景に「帰ってきた」と安心できる気がする。この島特有の安心感というものは、ここ大島に限らずすべての島に言えることなのかもしれない。
汽笛が鳴って、船がゆっくり動き出した。だんだんと離れていく元町を眺めながら、私はこの短い二日間の旅の出来事を思いだしていた。
期待と希望に満ちた竹芝桟橋を出発した夜のこと。
寝不足からくる不安に襲われながら温泉に浸かったこと。
自転車屋さんのおばさんの言葉に励まされたこと。
時が止まったような港町のトンネルでセンチメンタルな気持ちになって泣 きそうになったこと。
山越え途中でへばっているところをANAのおじさんに拾ってもらったこと。
日本唯一の砂漠の広大さ。
道の駅で自転車をみてくれたおじさんにケガさせてしまったこと。
巨大なバームクーヘン。
温泉で出会った外国人観光客の女の人。
その人と後々寿司屋で再開したこと。
夕食に食べた定食屋のげんこつ大のから揚げ。
人生初のカプセルホテルと優しい女将さん。
牧場で食べたソフトクリーム。
宝石みたいに綺麗なべっこう丼。
そしてお土産屋の女の子が折ってくれた折り紙の椿の花。
そのどれもが人の情と島のパワーに満ちていた。こんなに沢山の新しい出会いがあるなんて、もしかして、私が思っているよりずっと旅って面白いものかもしれない。
正直、自分でもびっくりするぐらいこの島のことが好きになってしまったのでとても離れがたかった。しかし帰らない訳にはいかない。私にも家族が待っているし、明日からはまた仕事だ。客からの問い合わせやクレームも溜まっているだろう。考えるだけで肩が重くなる。しかしそれらに押しつぶされそうになったら、もし息がしづらくなったら。また大島に来ようと思う。
何しろここは東京で、船にさえ飛び乗ればいつだって帰って来ることの出来る身近なふるさとなのだから。
おわり
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