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【SS】燃える月

 西暦2500年、地球との距離が少しずつ離れていた月は、いよいよ太陽の炎の影響を受け、月面温度が高くなり過ぎ発火してしまった。山肌から現れた月は、炎に包まれている。ついに、月が燃え尽きてしまうのか。太陽と月の影響を受けている地球の運命も大きく変わるかもしれない。一大事だ。

 世界中から有識者が集められ、緊急対策会議が始まった。科学者が計算したところ、月は7日間で完全に燃え尽きてしまうということがわかった。ということは、日に日に小さくなっていく月を7回見たらもう月を見ることはできないのかと呑気なことを考えている人間も多くいた。

 月が消滅してしまうと、地球の自転速度が変わってしまい、地球上で人類が生き残ることはできなくなってしまうのだ。他の星への移住や月の代わりの星を作り出すなどのアイデアが協議されたが時間的に間に合わない。

 その頃、土星の表面には耐熱ドームで覆われた人類の基地が作られ、数千人の人類が生活し始めていた。外に出ることはできないが、ドーム内であれば空気も生成され人工太陽で植物も育っていた。その基地の中にある人類緊急対策室に地球から依頼が届いた。

 土星の周りにある衛星の中から月の大きさに近いものを選択して、地球を中心として現在の月の反対側に転送してくれという依頼だった。

 月の代わりの地球の周りを回る衛星をつくり、均衡を保つ作戦だ。物体の転送装置は既に完成はしていたが、月ほどの大きな物体ましてや衛星を転送した経験はまだない。人類緊急対策室のメンバー全員に緊張が走った瞬間だった。室長は声を上げた。

「みんな、地球の危機だ。月が消滅すると自転速度がとんでもない速度になり一日は8時間になってしまう。同時に時速数百キロの強風が吹き荒れることになり、地球上での人類の存続は極めて困難になる。なので、我々としても初めての経験ではあるが、月の代わりになる衛星を土星から地球の衛星として転送することを実施する」

 室内はざわついた。無理もない。これまでに実施したことがない転送であり失敗すれば地球が滅亡することになるのだ。技術者たちは、転送させる距離と質量を計算しどのくらいのエネルギーが必要になるのかを必死で計算した。既に3日が経過していた。地球の自転は月が小さくなっていることでかなり速くなってきている。

 ある若い技術者がとんでもない提案をした。

「月と反対側に転送することは理論的に可能ですが、それを実現するためには月の消滅に合わせて実施することになります。それだと地球上ではものすごい嵐を耐え抜いてもらうことになります。リスクも高いし失敗の確率も高い。それよりも、月が消滅してしまう前に転送する衛星を月に衝突させ、新しい月として再生する方が実行しやすく、リスクも多少下がるものと思います。何よりも地表の嵐が最大化するのを待つ必要がありません」

 室長はしばらく考え、この若い技術者のアイデアを採用することにした。実行するのは明日の13:00に決定した。一日で準備だ。全員が持ち場に戻りエネルギーの充填や座標の計算、衝突時の月の大きさの再計算、何よりも衝突した時のエネルギー放出が課題だった。万一のことを考慮して、地球と並行になる位置から月に衝突させるような計画となった。

 実行日となった。すべての計算は終了し転送のためのエネルギーも充填完了している。対象とする衛星も選択が終わり、室長の指示を待つばかりだった。実施時刻は刻一刻と近づき、いよいよ秒読み段階となった。

「10、9、8、、、、3、2、1、転送開始 !」

 転送装置から光のようなエネルギーが発射され対象となる衛星を包み込んだ。その瞬間、土星の衛星が一つ消滅し、瞬間的に転送され地球と並行になる位置で月の目の前に出現した。そして、月と衝突し一体化するはずだった。

 衝突した瞬間に月は衝突による地表の温度低下で燃え盛る炎が消え、瓢箪のような格好になった新しい月になった。本来は衝突した際のエネルギーと地球の引力の作用により、ほぼ円形の新しい月となる計画だったが、残念ながらそうはならなかった。しかし、地球を最悪の事態から救うことはできたため、土星にある人類緊急対策室では全員が胸を撫で下ろしていた。室長も額に汗をしながらメンバーに礼を言った。

「みんな、ありがとう。なんとか最悪の危機は回避できたようだ。本来は丸い月になって欲しかったのだが、流石にそこまで計算どうりには行かなかった。宇宙のゴミや地球の引力の計算誤差があったようだ。しかし、人類滅亡は防ぐことができた。みんなのおかげだ。引き続き、地球の様子を見守りながら土星でももっと快適な生活ができるように対応してこう」

 大きな拍手が起こった。若い技術者たちもホッとしていたようだ。

 しかし、地球への影響が皆無にはならなかった。つまり元通りというわけにはならなかったのである。瓢箪型の新しい月は、その形のせいで、地球への影響に変化を起こし始めた。月が燃え尽きてしまったときのように人類が生き残れないということにはならなかったが、形が円形でなくなったということで、一日の長さが一定ではなくなってしまったのだ。月の向きにより一日の時間が24時間から12時間の間を推移することとなり、少なからず人体や生物の成長に影響するようになってしまった。

 一日の時間の変動化に人体が順応するのに50年の歳月が必要だった。その間に順応できない人間は次々に体の不調を訴え、亡くなっていった。これが自然界における人類の自然淘汰となり、地球上の人類は三分の一にまで減少してしまった。同時に生物全般に対しても同様な減少が起きていた。しかし、原始的な構造の生物は逆に繁殖力を強め、地球上は人類にとって害虫だらけの星と化してしまった。

 この後、人類はあらためて移住するための星の選択と移住するための輸送船の建造に取り掛からなければならなくなっていた。既に世代は交代し、瓢箪型の月になった後に生まれてきた人類によって計画は進められていた。

 月が燃え出したことによって変化した地球は50年の年数を経て新たな局面を迎えようとしている。果たして、人類は生き残れるのだろうか?


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