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【SS】大型炉端焼き店の無銭飲食

 とあるビルの4Fに大きな炉端焼きが店を構えていた。結構な人気店で芸能人も時々訪れる。魚や野菜を焼く網の周りに40席、それが二箇所あり、それぞれに板前が3人ずつついている。そしてテーブル席は、6人がけ席が2つずつで2列並んでいるようなかなり大きな炉端焼きの店である。

 ある日、若いカップルが支払いをせずに店を出た。完全に意図的な行為だった。しばらくの間、このカップルが出ていってしまったことに気づかなかったが、入り口を見張っている人がちょうどトイレに行った隙に出ていったようだった。慌てて窓から通りを確認する。ウェイターは服装を覚えていた。

「あっ、いた、まだ下の通りにいるぞ」

 数人が階段を駆け降り、捕まえにいった。そのカップルは平然と手を繋いで歩いていた。どうやら女性の方は無銭飲食したとは知らないような感じだった。程なくして捕まえられ、店の中に戻すわけにはいかないので、4Fの踊り場で質問攻めになった。食事代を払っていないことを確認すると、女性の方は案の定驚いていた。男性の方は罰が悪そうに「見つからなければいいかなと思って」と弁解した。しかしその後は開き直って、「払えばいいんだろ、うるせいな」と言ったものだから、入り口の見張り番の担当は大きな手でパーンと平手打ちをお見舞いした。一瞬、男性は踊り場に倒れ込んだ。女性が庇うように、「ごめんなさい」を連呼していたので、とりあえず女性を男性から離して、マネージャが男性と話をするようにした。

「女性に庇われて恥ずかしくないのですか、このまま警察に連絡してもいいんですよ。金額の問題じゃなく、人としての振る舞いを反省してもらいたいんだけどな」

 その男性も平手打ちで目が覚めたのか、恐怖を感じたのかはわからないが、その後素直に「ごめんなさい。こんなことになるとは思ってませんでした。もう2度としません」と謝罪してきた。マネージャは重ねて言葉を返した。

「我々も大切なお客様であるあなたを失いたくないので警察に届けることは控えたいと思います。これから会計にいって食事代を支払って、彼女と一緒に帰ってください。彼女はとても驚いているからちゃんとケアしてあげなさい」

 平手打ちが正当化されるかどうかは別として、それで男性の目が覚めたのは事実だった。悪いことをして見つかったらとんでもないことになるということを身をもって感じたのではないだろうか。よく見ると普通の若いサラリーマンのようにも見えた。

 最も、そのまま警察に渡されてしまうと会社などの新たな対応も待っていたかもしれないので、平手打ちくらいは許容範囲だったかもしれない。当時としては。


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松浦 照葉 (てりは)
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