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【原作大賞応募】ケンとメリーの不思議な絆 第二話

※これは、noteで連載していたファンタジー小説を原作大賞用にまとめなおしたものです。


第二話 不思議な縁

 ケンは、メリーのワイン工場を後にして旅立った。前の日にメリーから聞いた「祖先の呪い」という話を思い出し、歩きながら気になっていた。明るいうちなら近づいたとしても特に問題はないだろうと思い、山を越えて噂されている方向に行ってみることにした。何しろ徒歩なので時間がかかるが気にしない。いつものことだと思いながら足を進めた。

 翌日は日の出と共に目が覚めそのまま起きた。朝食もそこそこに、今日は太陽の光があるうちになんとか辿り着いて確認したいと思っていた。広げたキャンプ道具の荷造りをいつもの慣れた手つきで終え、早速歩き出していった。ケンはだいぶ近づいたと思っていたが、残念ながらこの日もそばまで行くことはできなかった。いや、もしかするとほんのりとした灯りは遠ざかっているのかもしれなかったが、そんなことをケンは考えてもいなかった。仕方がないと思い、またしてもテントを張って寝ることにした。持っていた食料もだいぶ少なくなり、明日はなんとかしなければと思いながら、疲れのせいもあり眠りについた。細かいことを気にしない性格は、切羽詰まってもあまり焦ったりすることはない。

 深夜零時を回った頃、なんとなく胸騒ぎがして目が覚めた。ふらふらとテントの外に出て月明かりのない暗い空に輝く綺麗な星を見ながら伸びをしていると、ほんのり明るい光が確実に昨日より近くに感じる気がしていた。向こうから近づいている感じもしたので、ケンは流行る心を落ち着かせながら、明るい光に向かって歩き出していた。ほとんど無意識だった。まるで引き寄せられるかのように、じーっと灯りだけを見ながらしばらく一歩ずつゆっくりと歩いて近づいていった。なぜか、明かりの方も近づいて来ている感覚に襲われた。その瞬間だった。

「うわっ、ま、まずい。落ちる。わーっ」

 いきなり、足元にあったはずの地面がなくなっていた。暗くて全く気づかなかったが、谷底につながる亀裂があったのだ。深さは五十メートルはありそうな感じだった。谷底には小さな川が流れていた。左足は亀裂のヘリを捕らえていたので気づかず、そこから右足を一歩前に踏み出したとき、当然あると思った地面がなかった。地面がないと認識した時は遅かった。全体重は右足にかかっていた。重力は容赦無くケンに襲いかかって来て、まるで飛び降り自殺をするかのように真っ暗な亀裂の中にケンは落ちていった。落ちていく途中で『ここで死ぬのか』とケンは覚悟した。そして、亀裂の底を流れている小さな川底に叩きつけられた。ドン、バシャーンという大きな音も亀裂の中ではかき消されてしまった。ケンは落下中に気を失っていた。

 どのくらい時間がたったのだろうか。ケンもわからない。上の方をみると高いところにうっすらと空のような空間が少しだけ見える。しかし、あんなに高いところから落ちたはずなのに痛みがどこにもない。一体どうなっているのだろうと思っているところに、黒いスーツを着た男がどこからともなく舞い降りてきて話しかけてきた。

「私は案内役です。あなたと同じような境遇になった人たちがたくさんいる街にお連れします。さぁ、私の手をとってください」男は右手を差し出して来た。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。同じような境遇ってどういうこと」
「生前は良いことをしたのに予期せぬ事故で命を失ったという境遇です」
「うわっ、混乱するなぁ。ということは僕は死んだっていうことなのかな」
「はい、人間としては死んでしまわれました。本来はもっと長生きするはずでしたが、あなたがワイン工場に立ち寄ったところで、時間の歪みが発生し、結果としてあなたはここで死んでしまいました」
「そんな。こんな遠いところで死んでしまったのか」
「さぁ、行きましょう。あまり時間がありません」ケンは男の手を取った。

 その瞬間、ケンの体はフワっと宙に浮き案内役とともに空中へと引き上げられていった。まるで自分の体重を感じないことが不思議だったが、死んでいるのだから当たり前かと妙に自分で納得していた。そう、実際に持ち上げられたのはケンの魂だけだったのだから。案内役の手を取った瞬間、二人は空高く舞い上がり、落ちた場所を越え、はるかに高いところまで昇っていった。上を見上げて微かに見えていた空まで一瞬で舞い上がり、自分が落ちた亀裂も確認できたし、遠くにはメリーのワイン工場も見えた。ケンは何が起こっているのか理解できないまま、二人で空間を縫うように移動した後、静かに地面に降り立った。そこは、静かな街だった。そう、ほんのりと見えていた灯りはこの街のものだったのだ。案内役はケンに一言だけ告げて、静かに消えていった。

「ここが、今日からのあなたの家です。自由にお使いください。ただし、生きている人間と出会っても決して話をしてはいけません」

 ケンは不思議な感覚のまま、その家に入りしばらく休憩していた。なんとなく薄暗い感じはあるが、とても清潔に保たれている家だった。どことなく懐かしさを感じるような家だった。ケンは「そうか、おじいちゃんの家に似ているんだ」と思いを巡らせ、余計に親しみを覚えた。部屋の中で一人くつろいでいると、隣人のおばさんが挨拶にやって来た。

「おや、いつの間にか隣の家に主がきたようね。これで空き家ではなくなるわね。お兄さんはどこから来たの」
「初めまして、ケンといいます。僕は日本からきました」
「ニホン、えっとアジアのほうの国だったかしら」
「ええ、そうです。失礼ですけどどなたさまでしょうか」
「私はフランス出身でワイン作りをしていたのよ。ここに来てもう三年目よ。ここの生活にもだいぶ慣れてきたところよ」
「そうなんですね。よろしくお願いします。あのー、僕は死んでしまったんでしょうか。なんだか実感がないんですよね」
「ふふ、そうよね。訳が分からないままここに来たのよね。あなたは」
「は、はい。自分に起こっていることがつかめていないんです」
「そうよね。最初はみんなそうよ。そう、あなたは亡くなったの。それで天国に召されるまでここで生活していいのよ」

 ケンの頭の中は混乱していた。隣人がワイン作りをしていたと聞いて、メリーのワイン工場で飲んだアルコール度数の低いワインのことを思いだし、もしかしたら知り合いかもしれないと思い話始めた。

「そうなんですね。そういえば、ここにくる前にメリーさんという女性が一人でワイン工場をしていましたがご存じですか。あっ、本名はマリーさんという人でした」
「えっ、メリーに会ったの。元気だった。何か困っていなかった」
「あっはい。とてもお元気でした。ただ、ワインが全然売れないらしくて困っていました」
「あっ、でも、元気なのね。よかった。私の娘なのよ。メリーは」
「えっ、じゃあ、メリーさんのお母さんですか。うわー、びっくりです。メリーさんからは事故で亡くなられた、と聞きましたが」
「そんな話もしたのね。そうなの、でも夫は間に合わずにそのまま天国に行ったわ。多分それが運命だったらしいわ。私は一緒にいる予定じゃなかったんだけど、なぜか夫と一緒にいたかったからついていって交通事故に巻き込まれたのよ。それで私だけここに連れて来られたのよ」
「そうだったんですね。まさか思いもよらないこの場所で会えるなんてびっくりです」
「メリーのことが聞けてよかったわ。これで安心してあの人の元に行けるわ。私の寿命はあと何年かわからないけど、こうしてメリーにあった人と話ができてしかもお隣さんなんて、あの案内役も粋なことをするのね。案内役の計らいじゃなくて神様のいたずらかしら。そういえば、あなたはなぜフランスに来たの」
「僕は旅行が好きで世界中を回っていたんですよ。旅行が好きというより人が大切にして来た慣習や伝統が好きなんです。それで、いろんな遺跡をみたりしながらいろんな国の人の話を聞いて旅をしていたんです。今回はやっとフランスに入ることができて、天気のいい日に延々と広がる葡萄畑を見ながら歩いていたら、バッタリとメリーさんとお会いしたんです。メリーさんは僕をワイン関係者かなと思って声をかけてくれたようです。もっともこんな見窄らしい格好をしたワインの買い付けをする人はいないと思うんですけどね。その時、まるで天使のような笑顔で僕に話かけてくれたんです。成り行きで一緒にメリーさんのワイン工場まで歩いて行き、そこでワインをご馳走になりました。その時にご両親が健在の時のようにワインが出来なくて売れなくなっていると嘆いていました。工場の存続も危険な状況のようです。葡萄畑の手入れが十分にできなくて葡萄の糖度が上がらないんだそうです」
「まぁ、あの子はそんな苦労を一人でしたのね。私たちが死んでしまったばかりに苦労させてしまったのね」
「でも、そんな状況なのに、僕のことを心配して泊まっていくようにと勧めてくれたんです。なんでも、山の方には危ない場所があるから夜の山歩きは危険だということで。僕もその優しさに甘えることにして泊めてもらうことにしました。本当に優しい娘さんですね」
「ありがとう。そうなのよ、あの子は小さい頃から人のことばっかり考えて自分のことは二の次に考える子だったわ。変わってないのね。安心したわ。それでこそ私たちの子よ。でもワイン作りが上手くいかなくなったというのは、私たちの責任よね。申し訳ないわ。できることなら手伝いたいわ」

 ケンは、やっぱりは母親はいつでも子供のことを心配するんだなと思い、自分の母親のことを思い出していた。今回メリーの状況をメリーのお母さんにに教えてあげられたことで、自分の親不孝が少しだけ救われた感じになっていた。ただ、旅立つ前に日本に送ったワインの行末だけは気がかりだった。

つづく

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