【SS】大型炉端焼き店のピークの時間
とあるビルの4Fに大きな炉端焼きが店を構えていた。結構な人気店で芸能人も時々訪れる。魚や野菜を焼く網の周りに40席、それが二箇所あり、それぞれに板前が3人ずつついている。そしてテーブル席は、6人がけ席が2つずつで2列並んでいるようなかなり大きな炉端焼きの店である。
お店が満席になるのは決まって午後七時ごろである。会社勤めの人やカップルが最寄りの駅まで移動して来店することになるので、どうしても午後七時ごろに集中し戦場のように忙しくなる。予約客もその時間からが最も多い。この炉端焼きは、二箇所の焼き場の周りにお客様の席が設定されている。つまり、魚などを焼く場所が二箇所あるのである。それぞれの焼き場の周りにある席の注文は、その焼き場で引き受けることになっているのでわかりやすい。注文を受けた伝票は、焼き場への入り口の細い平な手すりに順に並べておくようになっている。ちょっと濡らすと手すりに固定される。アナログだが一眼で溜まっている注文がわかるのだ。問題は、テーブル席の注文である。お店のルールとしては、どちらの焼き場に注文を入れてもいいことになっている。しかし、ウェイターが注文をとって、焼き場に持っていくとすでに注文伝票がずらっと並んでいて、板前はピリピリした状態で焼き場で注文をこなしている。そこに追加の注文伝票がた足されると、板前は怒りのピークに達する。
「注文はいっぱいだ。向こうの焼き場に注文を持っていけ」
ウェイターは並べた伝票をもう一度仕方なく手に取り、隣の焼き場に並べ直す。
すると、今度はそこの板前がウェイターを怒鳴りつける。
「馬鹿野郎、見てわかんないのか。注文はいっぱいだ、向こうに持っていけ」
ウェイターはどっちにも注文伝票を持っていくことができずに、右往左往してしまう。それが新人だったら尚更である。しばし、両方の焼き場から怒られている間に、溜まった伝票がはけてくるので、注文伝票をまた気持ちよく受け入れてくれるようになるのだ。どうしようもなくなると、板長が入っている焼き場の方が引き受けてくれる。ぶっきらぼうに「おい、こっちに置いていけ、やっとくから」とウェイターに声をかけ、ウェイターはほっとしたように客席の方に戻っていく。
どちらかといえば、板前とウェイターの掛け合い漫才みたいなものである。こんな時間がほぼ毎日訪れるのである。これを楽しみにくる常連客もいるくらいだ。
ウェイターも慣れてくると、うまくねじ込んでいけるようになるのだが新人の時はいじめられて強くなっていくのだ。これも教育の一環だったのだろうか。もちろん、この経験をしてすぐに辞めてしまうアルバイトも大勢いたのは事実である。
人材の選別方法として正しいかどうかは別として、結果的に、たくましい人材が残っている。
他の大型炉端焼き店シリーズはこちら
#ショートショート #小説 #エッセイ #アルバイト #炉端焼き #ピーク
よろしければサポートをお願いします。皆さんに提供できるものは「経験」と「創造」のみですが、小説やエッセイにしてあなたにお届けしたいと思っています。