【SS】大型炉端焼き店の避難訓練
とあるビルの4Fに大きな炉端焼きが店を構えていた。結構な人気店で芸能人も時々訪れる。魚や野菜を焼く網の周りに40席、それが二箇所あり、それぞれに板前が3人ずつついている。そしてテーブル席は、6人がけ席が2つずつで2列並んでいるようなかなり大きな炉端焼きの店である。
ある日、ビル全体での避難訓練が計画された。原則として全員参加。それに加えて、実際に避難ばしごを使って避難するというプログラムまで加わった。これは4Fの窓を開け、窓のそばに設置されている避難ばしごを箱から出し、ビルの外側に垂らして、1Fの路上まで降りていくのである。一応、消防署の隊員がそばについて補助はしてくれるのだが、窓から外を見るとかなり高さを感じるので恐怖である。しかも、ビルの前は大通りに面していて人通りが多い。
実施するのは平日の昼間で、お店が開く前である。外は晴れていて、通りは人通りが多いが週末ほどではない。ビルの前に消防車が横付けした。おそらく注目の的になるだろう。誰が窓から降りるかということで話し合いが始まった。大方の予想通り、「一番若いやつ」に白羽の矢がった。アルバイトのウェイターである。一通り、消防署員からはしごの使い方をレクチャーされ、覚悟を決めて窓から一歩足を出そうとする。通りにいる人々は何事だと言わんばかりに見上げて4Fの窓に注目している。一瞬、出した足がすくんでしまう。
「結構、怖いですよ。この高さ」若いウェイターは手足が震えながら言った。
「若いんだから大丈夫だ。早く降りろ」と店内にいるメンバーから檄が飛ぶ。
結局、降りないことには解放されないと意を決して窓の外に出た。背中には痛いほどの視線を感じる。しかし、怖いので颯爽と降りることができない。必死にはしごにしがみつきながら、途中、はしごが揺れてねじれてしまうのをなんとか我慢しながらゆっくりと降りた。結構腰が引けている感じだ。
なんとか、地上についた。足がガクガクしている。多分そんなに時間をはかかっていなかったのだと思うが、とてつもなく長く感じた。
振り返ると、集まった人々から大きな拍手が湧き起こった。
ちょっと照れ臭かったが、頑張ってやってよかったと感じた瞬間だった。
何にでも挑戦することは大切なことである。絶対無理だと思っていても、やってみるとそうでもないことも多い。果敢に挑戦することは周りの人を巻き込むことができてより大きな挑戦につながっていくような気がする。
そう、この時の若いウェイターは僕だった。
その他の大型炉端焼き店シリーズはこちら
#ショートショート #小説 #エッセイ #アルバイト #炉端焼き #避難訓練
よろしければサポートをお願いします。皆さんに提供できるものは「経験」と「創造」のみですが、小説やエッセイにしてあなたにお届けしたいと思っています。