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人格詐称 第三章

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第三章 変化のない日常


 翌日になって、優はテレビニュースを見ていた。しかし、女性の自殺のニュースは流れていなかった。新聞も確認したくなった。

「綾、新聞持ってきて」
「はいどうぞ、毎日と日経です」
「ありがとう」

 三面を中心に優が確認していると、いつもと違う新聞の読み方に気づいた綾は声をかけた。

「何か気になる記事があるのですか」
「いや別に、なんで」
「だっていつもは、一番後ろから順に見られるじゃ無いですか。普通の人と逆だなぁって思っていたので、気になりました」
「へー、よく見てるね。僕だってたまには真ん中から読むんだよ。別に理由なんかないさ。話はいいから早く朝食持ってきて」
「すみません。すぐ持ってきます。どちらでお召し上がりになりますか」
「天気もいいからバルコニーに持ってきて」
「かしこまりました」

 ニュースになっていないことが、優はかなり気になっていた。自分の行動をもう一度目を閉じて思い出していた。確かに息が止まるところまで確認して海に投げ入れたはずだ。まだ上がっていないなんておかしいな。しかし、騒ぐわけにも行かないし、しばらくは待ってみよう。

 そう思いながら、タブレットでもニュースを確認した後、朝食を摂っていた。今日の朝食は、程よくバターの風味が効いた自家製のクロワッサン、ベビーリーフとコーン、そしてレタスの野菜サラダ、スクランブルエッグ、燻製ウインナーにミルクだった。食後には、プレーン・ヨーグルトにブルーベリージャムをトッピングして食べる。最後は、ストレートコーヒー、今日のコーヒーはモカだった。優の一番好きなコーヒーだった。

 食後のコーヒーの香りを楽しみながらタブレットを手に取り、何気に潮の満ち引きを確認していた。最近はクルーザーでの釣りをしていない。父親が生きている時にはよく行ってカツオを釣り上げていたことを思い出していた。そういえば、あの頃は、親父は「潮の流れが大切なんだ。魚は潮の流れに乗って泳ぐから、潮の流れを確認してから釣りに出るんだぞ」といつも言っていたことを思い出すと同時に、優は自分の誤りに気がついた。

「しまった。潮の流れを確認していなかった。てっきり葉山沿岸に流れ着くものだと早とちりしていたかもしれない。江ノ島沖だったから、流れは違う可能性が大きいな」

 持っていたタブレットで江ノ島沖から海岸線あたりの潮の流れを確認して、自分の過ちに確信を持った。

「やっぱりそうだ。もう少し海岸寄りだったら三浦半島に向かう潮にのって近くの沿岸に流れ着いたはずだが、江ノ島沖だったから逆の流れに乗ってしまったんだな。だとすると小田原か湯河原、へたをすると熱海の方まで流されているかもしれないな。あのあたりは岩場が多いから、痛みがひどくなるかもしれない。かわいそうなことをしたな。綺麗なままで見つかってほしかったんだけど。小田原方面に流されたとすると、発見されるのは今日の夜から明日の昼頃にかけてということになりそうだな。ここ一週間はいい天気が続きそうだから見つからないということはないだろう。いや、見つかってもらわないと、彼女の彼氏に仕返しができなくなるから困るな。明日のニュースでもう一度確認だな。今日は穏やかな一日を過ごせそうだ」

 優は、自分勝手な同情心で自分の失敗を悔やんでいた。しかし、優の推測は正しかった。江ノ島沖からの流れは、相模湾の沿岸に向けてちょうど左右に分かれて潮が流れている。一旦は水に沈んでしまうから発見されにくいが次第に浮き上がって水面を流れることになる。おそらく小田原あたりで浮上しそうな感じだ。だとすれば、その後は岩場の近くを流されることになり、損傷は激しくなるかもしれない。

「綾、コーヒーのおかわり」
「かしこまりました」

 優は、気持ちのいい日差しを浴びながら、二杯目のコーヒーを堪能した。そして、トレーニングウェアに着替え、庭に出てストレッチを行い、ひとしきり汗を流した。


つづく


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