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【SS】大型炉端焼き店の板長の反乱

 とあるビルの4Fに大きな炉端焼きが店を構えていた。結構な人気店で芸能人も時々訪れる。魚や野菜を焼く網の周りに40席、それが二箇所あり、それぞれに板前が3人ずつついている。そしてテーブル席は、6人がけ席が2つずつで2列並んでいるようなかなり大きな炉端焼きの店である。

 このお店では、板前さんたちは板長の派閥に属している。板長とお店が契約し、板長に従う板前さん達で成り立っていた。つまり、板前さんたちは板長を社長とした社員で会社みたいな集団だった。毎月の契約金は板長に支払われ、板長から各板前さんに配られる仕組みだ。しかも現金なので、各自で確定申告することになる。実態は会社組織ではなく各板前さんは板長を含め個人事業主なのだ。

 しかし、配布方法がすごい。契約金額の半分を板長が取って、残りを経験の順に分けて配布するのである。しかし、誰も文句を言わない。それは板長についていれば食いっぱぐれがないからだ。当然、もっと高い契約金を出すところがあれば、この集団はお店を異動してしまうことになる。店側もその辺りの事情を理解するとともに、腕のいい板前を調達することが難しいため、板長の要望を聞き入れる実態があった。確かに、腕はよくお客様の受けもいい。ただ、お金にはとても執着する方だったようだ。

 ある日、板長はお店側の経営者と契約金の値上げ交渉をしたが、店側がそれを聞き入れてくれない。すると、板長一家は、素早い行動に出たのである。一週間後には、全員引き上げることに。店側は大慌てであったが、折れることはなかった。新しい板さんたちを急遽募集することになった。

 そんな中、板前の経験のない若いアルバイト・ウェイターの一人が「僕が焼き場に入ります。これまでしっかりみていたのでできると思います」と名乗りを上げた。どうやら、このお店が好きでバイトを始めたようで、どうしてもいままでのやり方を続けたいと思ったようだ。マネージャも手伝う決心をした。こうして今までを知っている二人を中心に板前のチームが徐々に拡大していった。

 危機に瀕すると人は思わぬ力を発揮する。そして、それが善意からのものであればあるほど、お客様にも伝わるのである。店の売り上げはちょっとの間は落ち込んだが、すぐに元に戻った。もちろん、場所柄もあるのだろうが、一人の若者の気持ちがそうさせたのだと信じたい。人間の可能性に限界はないのである。


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