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【SS】大型炉端焼き店の大入りの日

 とあるビルの4Fに大きな炉端焼きが店を構えていた。結構な人気店で芸能人も時々訪れる。魚や野菜を焼く網の周りに40席、それが二箇所あり、それぞれに板前が3人ずつついている。そしてテーブル席は、6人がけ席が2つずつで2列並んでいるようなかなり大きな炉端焼きの店である。

 このお店では、日々の売り上げに応じて、従業員に大入り袋が配られる。売り上げが50万円を超えた時点で500円が入った小さい紙袋を渡される。そこには大入りと赤い字で書いてある。そう、お正月のお年玉に使うポチ袋みたいなものだ。板前は、この大入り袋をかぶっている白い帽子の淵に差してアピールする。ウェイターは法被を結んでいる帯に見えるように差すことでアピールする。従業員のテンションが上がる時だ。売り上げが更に伸びて70万円を超えると更にもうひとつ大入り袋が配られる。合計で1000円である。更に売り上げが100万円を超えると1000円入った大入り袋が配られるのだ。しかし、なかなか100万円を超えることは少ない。一年のうちで2-3回あるかないかだろう。年末が狙い目ではあるが通常時の炉端焼きの平均客単価は3000円程度であり、平均滞在時間はピークの19時を挟んだ3時間程度である。席が全て2回転して大入り袋の一つ目である。夜の10時を過ぎると半分以上は空席となるので、なかなか達成が難しい。まぁ、難しくないと毎回小さい額とはいえバラマキのコストは大変である。

 大入り袋を帽子に挟んだ日は、嬉しい副産物も生まれることがある。もともと、お客様に対し今日はたくさん入店していただきましたよとアピールする目的もあるのでお客様も自ずと気づいてくれる。特に常連さんや板前についている固定客などはすぐに気づいてくれる。「お、今日は大入りか、よかったな」と言葉をかけてくれるので、板前のテンションも上がる。さらに、「じゃあ、ご祝儀もやろう」ということで、千円札をカウンター越しに手渡してくれるお客様もいる。大体、その板前さんの固定客の方が多いがたまに酔った勢いで気が大きくなったお客様も出してくれる時がある。そうすると、板前さんは帽子に千円札を四つ折りにして挟むのだ。そうするとそれがまたアピールとなって、知らないお客様は「なんで帽子にお金挟んでるの」と聞いてくれる。理由を説明するとじゃあということで、追加のご祝儀が入ることも珍しくない。

 このように大入りの日は板前さんにとってもウェイターにとっても仕事は大変だけど目標をクリアするごとに嬉しい一日になっていくのである。

 このシステム、実によくできていると思った。


過去分

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