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人格詐称 第六章

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第六章 失踪事件の顛末


 遡ること三年前。野外コンサートで有名になった静岡県のつま恋の近くに、木村郁夫は住んでいた。手広く農業の会社化を手がけていた。もちろん主力商品はお茶だったが、野菜や、お米などあらゆる作物に手を出していた。地元の銀行も土地を担保に資金を融通していた。しかし、世の中でウイルスが蔓延するに従って直接取引していた居酒屋やレストランなどが軒並み経営不振となり、木村郁夫は大打撃を受け、二億円という多額の借金だけを抱えてしまうことになった。慌てて、木村は一時払いの生命保険に加入した。そして妻の星子に失踪届を警察に出すように伝え、東京に出てきたのだった。息子と共に夜逃げするかのように。

 妻の星子は夫が居なくなってから半年が経過した時に失踪届を提出した。そして、十年が経過するのを待つ日々が始まった。持っていた畑や設備は全部担保として取られてしまっていた。それでもまだ数千万円の借金があったが、連帯保証人にはなっていないということ、夫はいなくなったから何もわからない、死んでいるかもしれないけどその処理もできないといって、銀行の返還請求を凍結してもらっていた。妻は何がなんでも守らなければと近くのスーパーでパートをしながら毎日の生活を維持していたのだった。

 そして、東京に出てきた木村は息子の誠一とともに江戸川の安アパートで生活するようになった。三ヶ月ほどしてから誠一は新宿のホストクラブで働けることが決まり、名前を平田実と名乗ることにした。その時から、女性に店に来てもらうことを目的として、幾人もの女性とデートするようになっていった。その時に使っていた名前が岡田隆二だった。女性には、店での名前は本名じゃなく、本名は岡田隆二だといっていたのだった。次第に収入もよくなり、誠一は新宿のマンションに引っ越しした。しかし、そのマンションは誰にも知られたくなかったので、西新宿の安アパートを父親名義で借りることにして、家賃は常に一年分前払いするからということで、大家と握っていたのだ。したがって、大家はこの親子の素性を知る由もなかった。それからは、女性と別れるときはこの安アパートの前で別れ、まだ飯倉氏はできていないということをアピールしていたのだ。そして、万が一このアパートが探し当てられたとしても、誠一と結びつけるものが残らないように常に気を使っていた。したがって、水道すら使ったことはなかったのである。

 そのとき、父親はまだ江戸川の安アパートに身を隠しており、こちらは、平田実の名義で借りていた。仕事は日雇いにでて毎日を凌いでいた。家賃は西新宿のアパートと同様に一年分前払いだ。こうして拠点を複数にして万が一、静岡から後を追って取り立てに来ても撹乱できるようにしていたのだった。なんとしても十年の失踪を実現して保険金を手に入れることを目指していた。しかし、誠一のホストとしての収入がぐんぐん上がってきたので、借金をまともに返済できる目処が立つかもしれないと父親と話をしている矢先に今回の事件に遭遇してしまったのだ。

 何かしら、企んでいるとどこからかほつれてくるものである。誠一は根っからの悪ではなかった。今回のことで観念して全てを語った。そして自分自身、楽になったのである。誠一の罪は何も問われることはなかったが、父親の逃亡を助けたとして少しの罰金刑は課せられるかもしれないが、親子でもあり、なんとか助けたいということからの間違った行動ではあったが、真摯に反省していることで簡易裁判所でも特に罪には問われなかった。

これらのことは、明らかになった後、小さな新聞記事として掲載された。

【逆恨みによる入水自殺事件】
「ホストクラブに通い詰めるため会社の金を五年間に渡り二千万円もの金額を横領した今村くるみ(三十歳)は、その金額全てを貢いでいたホストに遺書のような言葉をラインで送りつけ、海に身を投げ自殺した。今村くるみの両親は、むすめが犯した過ちの賠償を少しずつでもお返ししていきたいと我々のインタビューに答えた」

 これを見た宇都美優は、にやっとしながら、完全犯罪成立だと思った。衝動的に思いついた犯行でも最も簡単に完全犯罪になってしまった。優は自分の行動に酔いしれて上機嫌になっていた。



つづく


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