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【原作大賞応募】ケンとメリーの不思議な絆 第一話

※これは、noteで連載していたファンタジー小説を原作大賞用にまとめなおしたものです。


第一話 偶然の出会い
死後の街

 人間界とは一線を画して蘇った人たちだけの街がひっそりと存在している場所がある。厳密には人間界に戻ってはいないので、蘇ったという表現は正しくないかもしれない。それでも意識が存在する状態ということでそう表現することにする。全世界で行方不明になった人や誰にも知られることなく死んでしまった人が集まって不思議な生活を送っている街があるらしい。

 しかも、全世界から集まっているにもかかわらず、全員言葉が通じあっているという不思議な街だそうだ。この街には太陽の光が降り注ぐという日は無く、雨が降ることもない。一年中、雲に覆われ薄暗い曇りの日が連続して続いているだけ。当然だが、生きている人間は誰一人としていない。だから、ここに来た人たちは違和感もなく日々の生活を送っている。

 勿論この場所は生きている人には知られてはいないので、自らやってくることはできない。最も普段は人間の目には見えないのでやってくることすらできない。ここで生活する人たちは、現実世界と完全に隔離され、不思議な力によって蘇った人たちが生活を営んでいるのだが、もし、何らかの事象で偶然に生きた人間と出会って話をしてしまうと、話をしたこの街の住人は消えて無くなってしまう運命を背負っている。つまり消えて魂は天国に召されるのである。二百年ほど前に一度、偶然にも迷子になった子供がこの街に入り込んでしまい、あまりにもかわいそうにと思い、話かけたこの不思議な街の住民が消えてしまったことがあったようだ。

 亡くなった人の街ではあるが、亡くなったからといって、この街に一人でやってくることはできない。「案内役」と呼ばれる黒いスーツを纏った男が迎えに来てこの不思議な街に連れて来てくれるらしい。それ以外に亡くなったからといってこの街にやってくることはできない。

 案内役は世界中を駆け巡って連れてくるので、移動手段も普通ではない。案内役は、抵抗が少ない空気の密度がうすくなっている場所を縫って、夜中に人間の目に触れないように空中を素早く飛んで迎えに行く。たまたま目撃した人はムササビと思ってしまうらしく、そのこと自体がニュースになったこともない。

 無くなった人が自分の住んでいるところと遠く離れた場所で亡くなるケースの方が多いので、無くなった場所で街への入り口を開けるわけにもいかない。そうするとゆかりのない人が迷い込んでしまう可能性があるからだ。そのため案内人によって空を飛び、人間が入ってこれない入り口から街に入っているのだった。

 案内役は人間ではない。表情ひとつ変えることなく世界中どこへでも飛んでいけるのだから。それに誰でもがこの不思議な街にくることができるわけでもない。生きているうちに、いいことをたくさんしていたにも関わらず、予期せぬ事故で若いうちに死んでしまった人だけが「案内役」が迎えに行く対象となる。

 本来ならもっと長く「生きている生活」を楽しめたはずの人たちだけが、この街に住める。そして、その無くなった人が不慮の事故にあわなかったとした時の寿命が尽きるまでを限度として、この不思議な街で生活することができる。やがて時が過ぎ本来の寿命をまっとうした年月を過ごしたなら、天国からのお迎えがやって来て、この街からは静かに姿を消してしまうことになる。天国でも魂ごとに番号が付与され魂管理が実施されていて、全ての魂としての寿命が管理されている。しかし、なんらかの不慮の出来事により、寿命を全うできなかったときは、天国での魂の場所確保が困難となるため、この不思議な街が神様によって創造されたのだった。なんとなく現代の制約が天国にまで影響しているような話だ。

 この街で生活をしていく上で禁止されているルールが一つだけあった。唯一の禁止ルールは生きた人間と話をしてしまうということ。生きた人間と話をしてしまうとその瞬間に寿命が尽きて、天国からのお迎えを待つことなく消えることになるらしい。この街に住んでいる人は、一様に天国にはいくことができる。ただし、その後転生させてもらえるかどうかが「生きた人間への話」で決められるようだった。

 そんな唯一のルールではあったが、神様の計らいなのか最後の試験なのか寿命が来た人に対し、神様がその人のゆかりのある肉親を呼び寄せ、最後の会話を促すシーンを創造することもあった。もちろん、肉親が人間として生存している場合に限る。そしてそのことは住人に知らされることはない。そう考えると計らいではなく最後の試験と捉えた方が正しそうだ。

 流石に自分と血が繋がっている人が迷い込んできたら、話しかけたくなるだろうし、近況を聞きたくもなるだろう。人間としての命はとうになくなっているものの、魂として生き続けている限り、自分に近かった人たちのことは気になるものである。それが特に自分の子供のことに関してだったら、居ても立っても居られない気持ちが全てに優先してしまい自ら話しかけてしまうだろう。もちろん、縁を切った状態の人もいるかもしれないが、それは神様も把握していることである。そんなゆかりのある人が街に入って来てその人に話しかけると話しかけた住民の不思議な街での生活は終了することになる。最後に少しだけ会話をして満足した後、天国に召されるのである。この時には審議なくして天国に召され転生可能になる。最後の幸せを噛み締めながら召されていくのである。

 ルールを守ることに忠実すぎる住民の中には、自分の肉親が来た時も無理をして我慢し話しかけない住民もいるほどだった。だが、この時はルールをいくら守っていたとしても、肉親に対して自分の心を解放できなかったと判定され審議されることになるようだった。いずれにしても、住民の最後の心の行動を神様は確認して転生可能として天国へ案内するかどうかを決めていた。
 この街にやってきた魂たちはそれぞれに「住む家」が与えられるようだ。案内役によって連れて来られる時にはその人用の家が出現しているらしい。

 街にある家は住民にゆかりのある家に近い住まいが準備され、毎日の生活で利用する様になっている。ただし、水道やコンロなどは見かけ上付いてはいるが機能しない。そう、魂だけの存在なので、飲食することもないし眠ることもないのである。この街の住民の唯一の楽しみはおしゃべりだけだった。新しく入ってきた住民との情報交換や、いなくなった住民のことが日々会話されていたのである。ある時、生前フランスでワイン工場を営んでいた女性の家の隣に小さな木造の家が出現していた。女性は、また新しい人が来るのだろうと近所のインドで無くなった住民と話をしていた。インド出身の女性は興味津々で出現した家を眺めていた。フランスの女性は自分に言い聞かせる様に話した。

「新しい人がきたらお隣だから私が訪ねていってこの街のことを教えてあげなくちゃね。今度はどこの国の人かしらね」
「木造で不思議な形をしているわね。それに小さいから多分アジアのどこかの国かしらね。インドの家とは違うわね」

 さて、視点を人間界の方に向けてみよう。どうやら旅をしている一人の青年がいるようだ。

旅行者
 バックパックひとつで旅行をしながら世界中を歩き回っている日本人のケンという若者がいた。一人で旅行をするのが好きでいろんな国を旅行していた。大抵は、訪れる国でも田舎の方ばかりを旅していた。格好はいつも同じでシャツにジーパン、トレッキングシューズというハイキングにでもいく格好だ。ただ、テントやシュラフを背負っているのでリュックは結構大きめだった。もちろん、突然の雨にも困らないように大きめのレインコートも常備している。

 知らない土地の都会は怖いし田舎の方がなんとなく親切な人が多く、事件にも巻き込まれにくいだろうとケンは考えていたようだった。それに、ケンが旅行をする目的は、観光ではなく世界の人たちと触れ合うことが目的だったので、伝統や風習が残っている田舎を好んで旅していたのだった。ほとんどが歩き回ってテントで寝泊まりする生活を送っている。無精髭も伸びているし、髪の毛も清潔そうには見えないので、髪を後ろで束ねていた。日本人にしては堀の深い顔立ちをしている。帽子をかぶって髪の色がわからないようにしていると、アジア人と思われることはまずなかった。

 よく晴れた日に、南フランスの田舎の葡萄畑が多くある地域を歩いていると、ほとんど人がいない場所にも関わらず、若い女性の姿が確認できた。薄化粧で長い髪を後ろで結び白いシャツがよく似合う健康的な笑顔が素敵な女性だった。少しそばかすが顔に散っていたがそれがまた太陽の光を浴びてチャーミングに感じてしまい思わず立ち止まり少し見つめてしまった。すると、女性の方から歩み寄って来て話しかけてきたのだ。

「ねぇ、あなたはどこからきたの。今、私のこと見てたでしょ。隠してもダメよ。この辺では見かけない顔の人ね。私はマリー。みんなからはメリーと呼ばれているからメリーと呼んでくれていいわよ。近くでワインを作ってるのよ。バックパックでこんなところまで歩いて来るなんて、もしかしてワインが好きなの。ワイン関係の仕事の方だったりして。それとも何か記事を書いているジャーナリストかしら。何にしてもこの辺りによそから人が来るのは珍しいのよ。ふふふっ」

 視線を向けていた女性から、屈託のない笑顔で突然声をかけられ、ケンはバツの悪さと咄嗟の出来事にびっくりしてしまった。しかも自己紹介までされてしまったので、何か返さないといけないと頭をフル回転させた。

「えっ、あっ、日本という国から来ました。ケンといいます。世界中を回っているんです。いろんな人に会って話をして出会いを楽しみたいので。なので、えっと、ワインが特別に好きというわけではありません」
「なあんだ。ただの旅行者なのね。てっきり、ワインの仕入れ交渉にきた人かと思っちゃったわ。残念」
「すみません。なんだか期待を裏切ったみたいですね。よかったら、その期待の訳なんか聞かせてもらえませんか。力にはなれそうもないけど、話を聞くことはできますよ」
「あら、意外と積極的なのね。ケン、、だっけ、名前は。じゃあ、私の自慢のワイン工場に行って話でもしましょうか。もう、夕方になるし、何か食べ物も用意してあげるわ」
「うわーっ、ありがとうございます。実はお腹ペコペコだったんです」
「ふふふ、面白い人」

 ケンとメリーは一緒に歩き出した。歩きながら、お互いに自己紹介を兼ねた話で会話が弾んだ。メリーは、数年前に事故で両親を亡くし、今は一人で葡萄畑を維持しワイン工場でワイン作りに励んでいるらしい。もっとも一人で全てはできないので、村のみんなの助けを借りて維持していたようだ。

 メリーが作っているワインは両親が作っていた時ほどの味わいがなくなり、なかなか売れないのだそうだ。どうやら育てている葡萄の甘さに問題があるようだった。ひとりで手入れしている葡萄畑なので甘さを蓄えるために太陽の光以外の栄養が行き届いていないのかもしれない。このままだと、工場も葡萄畑も手放すことになるかもしれないという切羽詰まった状態をメリーは明るく語っていた。普通なら落ち込んで話をしたくないことだろうが、メリーは屈託のない笑顔でケンに話をした。人に話をすることで少しは楽になりたいと思っていたのかもしれない。

 ケンは、何もできないのにとんでもない時にやって来たなと思いながらも、少しでも明るくしようと話をした。真っ先に思いついたのが、女性の名前がメリーと呼ばれているということで、日本のレトロな車で日産が販売していたスカイラインという名前のかっこいい車のことだった。父親がスカイラインを大好きだったと言うこともあり、小さい頃から何度も聞かされたり、見せられたりしていてスカイラインのことを知っていたのだ。

「そういえば思い出したんだけどね。日本にはね、僕たちの名前がついたかっこいい車があったんだよ。だいぶ昔だから実際に見たわけではないんだけど。ケンとメリーのスカイラインっていう車なんだ。若い人たちにすっごい人気があった車なんだよ。その車のコマーシャルで使われていたのは日本の北海道というところなんだけどちょうどここみたいに広大なところにヒョコンと立ってる木のところでコマーシャルが撮影されていたんだ。もちろん、ケンとメリーが恋人みたいに出演してたんだよ」
「すごーい。じゃあ、私たち恋人同士だね」
「あっ、いや、そういう意味じゃないけど」
「もう、冗談よ。よく見るとあなたは若そうだわね。きっと私の方がおねえさんでしょ。今大学生くらいかな」
「やっぱり日本人って若く見られちゃうね。これでも二十九歳なんだけど」
「えーっ、嫌だ、ごめんなさい。じゃあ、おにいちゃんだ。びっくり」

 二人は打ち解けて大きな声で笑いながら歩き、話をしている間に、メリーのワイン工場についていた。どうやら、自宅と繋がっているようだった。凄まじい樽の香りに包まれている場所でワイン樽がものすごく沢山並べられているところだったが、ケンは嫌いではなかった。むしろいい香りだと思っていたくらいだった。

 元々ケンはアルコールが好きで蒸留酒でも醸造酒でもなんでも飲む方だった。日本にいる時はもっぱら日本酒か焼酎が多かったが、ヨーロッパに旅行に来てからはワインを飲むことが多かった。スペインやイタリアのワインも美味しかったので、ここのワインも飲んでみたいなと思っていた所だった。

 メリーはワイングラスを二つ持って奥の方の樽から直接白ワインを注いで有り合わせのチーズと共にケンのところに持って来た。

「どうぞ。これもご縁。我が家のワインを召し上がれ」
「うわー、ありがとう。本場のワインだね」
 二人は、グラスを軽く傾けカチンと音を立ててワインを口に運んだ。
「お味はどお。ちょっと薄く感じない」
「言われてみれば、サラッと飲めるような感じがする」
「どうしてもアルコール度数が上がらないのよね。これで5%も無い位なの。たぶん葡萄の糖度が足らないの。本当は10-12%位にしたいのよね~。大抵美味しいワインはそのくらいのアルコール度数なのよ。でも今の状況ではこれ以上無理なの。一人で畑を手入れする限界なの」
「あぁ、だからこんなに飲みやすいんだ。それじゃあ、アルコールが弱いことを売りにすればいいかも知れないね」
「えっ、どういうこと。アルコールが低いことを売りにできるの」
「うーん、ネット上で、超低いアルコール度数の飲みやすいフランス産ワインみたいなキャッチで販売してみると面白い気がする。だって、そんなワインは市場であんまりみたことないし、それに、仕事をしている女性の家飲みとか、ホテルでのディナーにマッチしそうな気がするな。高い価格では売れないけど結構市場はあるような気がするよ。気がついていないだけで」
「ふーん、そんなものなのかなぁ。フランス人には全く受け入れられないけど、このワイン。場所が変わると好みも変わるのかしら」
「そうだと思うよ。試してみる価値は大いにありだと思う」
「うーん、でも試すにしてもルートに心当たりがないからダメよ」

 ケンは、いろんなところを回っていろんなアルコールも飲んできたけど、最近はあまり強く無いお酒が好まれる傾向にあることを感じていた。なので直感的にこんな話をしたのだった。この後しばらく日本でのワインの市場話で盛り上がったが、メリーはふと気づいたかのように聞いて来た。

「この辺りはホテルもないわよ。今夜は、どうするつもりだったの。何処か泊まる予定のはあったの?」

 ケンはいつも行き当たりばったりで宿泊先を見つけたり、ない時には持参のテントで寝泊まりをして旅行していた。メリーからの問いかけに、別にどうってことないよという顔をして答えた。

「あぁ、いつもテントとシュラフは持って回っているから、最悪は野宿。そんなに寒くも無いし」
「あら、結構ワイルドなのね。そうね、よかったら、ここに泊まっていいよ。部屋は余っているから。あっ、変な考えはなしだからね。ケンはとってもいい人に感じたから。それに、、」
「うわー、助かるなぁ。あったかいベッドは大好きなんだよ。ん、それにって何かあるの」
「うん、この地方では、向こうの山を越えたあたりから時々、ほのかな灯りが見えるんだけど、行くと何もないの。で、その中に入っていった人で戻って来た人がいないの。まぁ、本当に行った人がいるかどうかはわからないんだけどね。噂でしかないけど、村の人たちは、祖先の呪いかもしれないと言って近寄らないのよ。だから、夜は家の中にいた方が安全だと思うの」
「えっ、恐っ。じゃあ、喜んで部屋を借りまーす。テントよりベッドの方が絶対気持ちよく眠れるし」
「ふふ、ケンって本当に面白い人ね。でも、これも何かの縁なのかもね。私がまだワイン工場をやっているうちに巡り会えたっていうことが」
「うーん、そうだね。でも、このワイン工場は絶対続けた方がいいと思うよ。きっと何か手があるはずだから」
「でもそろそろ限界かもしれない。さっき言ってくれた日本という国とのコネクションもないしね。どうにもならなくなる前に決断した方がいいかもしれないと思い始めたのよね」

 こうして、メリーの家にケンは泊まることになった。事情はあるにせよ、ケンは正直ホッとしたという感じだった。それでも今メリーが置かれている状態をなんとかしてあげたいなという気持ちも強くなっていた。自分にできることは何があるのかなと考えていたところ、部屋の片隅に置いてあるパソコンが目に止まった。

「メリー、あのパソコン借りてもいいかな。ネットに繋ぎたいんだけど」

 メリーは一応パソコンも持っていて、快適とは言えないまでもインターネット環境もあった。そこで、メリーにスカイラインの映像を見せるためにネット検索をしていくつかある画像から、ケントメリーの写真とシャープなスタイルのスカイラインを見つけ、画面をメリーの方に向けた。動画はスピード的に無理そうだったので画像を見せた。少しでも、気分を晴らしてあげようとケンは思ったのだ。

「ほら、これがケンとメリー、そしてスカイラインという車だよ。なんでもケンメリのスカイラインと呼ばれていたみたい。ねっ、かっこいいでしょ。今でも結構イケてると思うんだよね」
「わー、本当だ。ケンってあなたとは違う顔ね。引き締まってる顔だわ」
「あー、そこ。そうだね。僕はそんなにハンサムじゃないしね」
「やだ、そんなつもりで言ったんじゃないわ。気分を悪くしないで。ヨーロッパとかアメリカの人みたいって言いたかっただけよ」
「あはは、別に気を悪くはしてないよ。たしかこのケンは日本人とのハーフだったんじゃないかな。ちょっと日本人ぽくない顔だからね。メリーの方は日本人じゃなかったみたい。完全に外国の人」
「へー、でも美男美女ね。メリーもそばかすもないし綺麗な人」
「あっ、ひょっとしてライバル意識を持ってるのかな、此処のメリーは」
「違うわよ、もー。それに車もカッコいいわね。今でも十分スタイリッシュだわ。でもこの辺りだとジープみたいな車じゃないと雨の日に乗れないわ」
「あぁ、そうだね。実は僕が小さい時、父親がこの車に乗っていておじいちゃん家で遊んでいる僕をよく迎えに来てくれて毎回自慢していたんだよ」
「わー、素敵なお父様だわ。きっと優しかったんでしょうね」

 ケンとメリーの話題で和んだところで、ケンはパソコンをクルリと自分の方に向けて、メリーが作っているワインがなんとかならないものかと思い、日本で酒屋を経営している同級生のキヨシにメールを送ってみることにした。もしかしたら、友人の酒屋で取り扱ってくれるかもしれないと考えたのだ。今、日本はお昼くらいだからきっと見てくれるだろうと思いながら。

 ケンのおせっかいは果たしてうまくいくのだろうか。ケンは自分のアカウントでウェブメールを開いて友人にメールを送信した。ケンは、余計なことは書かずに要件だけを書いてメールを送信した。いつものことだからキヨシも分かってくれるだろうと思っていたのだ。

 キヨシへのメール 『今、南フランスのワイン工場にいます。ここで作られたワインは大量出荷は厳しいけど5%弱程度の低アルコールのワインで飲みやすいのが特徴なんだ。キヨシのところで輸入して販売なんて可能性はないかな。今は低アルコールブームもあるんじゃないかと思ってメールをした。とっても飲みやすいワインだっていうことは僕が保証する。検討をおねがいします。ケン』

 送信した後、思った以上にレスポンスが良くすぐに返事が来た。

 キヨシからの返信 『ケン、相変わらず旅してんだな。いいよなお前は気楽で。ワインの件だけど面白そうだからちょっと扱ってみるよ。まぁ、お前の保証はなんの役にも立たないけど(笑 試しに五十本くらい送ってくれるように言ってくれ。赤でも白でもいいから。決済の仕方なんかも取り決めないとダメだけど、その前に現物確認しないとな。 キヨシ』

 どうなるかわからないのでメリーに内緒でメールしてみたけれど、内容は嬉しい返事だったので、すぐに横にいるメリーに話をした。

「メリー、実はね、日本の友達で酒屋さんを経営してる友人がいるんだよ。今そいつにメールしてみたんだ。キヨシっていう名前なんだけどね。ここのワインを扱うことはできないかなって聞いてみたんだよ。そうしたら、試しに五十本くらい送ってほしいって返事がきたよ。メリー、これで日本とのコネクションができるよ。挑戦してみない」
「ケン、何をしているのかと思ったら、そんなことをしてくれていたのね。旅のブログをネットに上げているだけかなと思っていたのに。わー、びっくり。すごくいい人なのねケンは。ありがとう。じゃあ、ケンを信頼して日本にワインを送ってみるわ。なんだか急に未来が開けてきたって感じね。ケン、あなたって本当にいい人ね。声をかけて正解だったわ」

 ケンから説明を受けてメリーは、飛び上がって喜び、ケンに抱きついてその嬉しさを身体中で表現した。ケンはそんな状況に慣れていないせいもあり、ただ、されるがままでニコニコして時折メリーの背中をポンポンしていただけだった。

 しばらくしてケンを解放したメリーは、早速、明日日本に送る準備をするといって喜びながらフロアをクルクル回って喜びを隠せきれないとばかりに踊っていた。人助けができたような気になったケンもなんとなく気分もよくなり、ワインの力も借りてその夜は気持ちよく眠りにつくことができた。

 夜が明け、ケンも日本に送るサンプルのワインの荷造りを手伝ってから、このワイン工場を発つことに決めていた。ちょっぴり別れが悲しくもあったが、また帰りに必ず立ち寄ることを約束して出発した。再び戻って来た時に、ワイン販売が軌道に乗っていることを願いながら。

 メリーは、「送ったワインの評価が分かるまで此処にいてくれないの」とちょっと悲しげにケンに言っていたのだが、ケンは逆に心地よさに甘えてしまいそうになることを恐れて旅を続けることを選択したのだった。しかも頼んだ相手は、ケンの親友なので絶対に騙すようなこともないし、丁寧に対応してくれると信じていたから。あとはここのワインを受け入れてくれる顧客がいるかどうかだろうと思い、自分ができることはもう無いと判断したのだ。

 知り合ったばかりで親切にしてくれたメリーにさよならをするのは心苦しかったが、帰りに立ち寄るほうが喜びも大きくなりそうな気がして旅を続ける決断をしたのだった。それに、一緒にいるとメリーのことをもっと大切な人にしてしまいそうな自分を心の中で感じ、その心を必死で抑えて先に進むことを選択した。仕事も決まっていない男がこれ以上居候してはいけないと自分に言い聞かせてしまったのだ。ケンは、笑顔で大きく手を振りワイン工場を後にした。メリーも手を振って送り出していた。

 メリーは、心の中でケンの存在が大きくなっていただけに、ケンが見えなくなるまで我慢していた気持ちが一気に吹き出し、大粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。必ず戻ってくると言った言葉を信じるしかないと自分に言い聞かせ、ワインが売れることを期待し日々の仕事に没頭しようと決意していた。

 ケンは、この後待ち受けている運命を知る由もなかった。

つづく

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