【SS】大型炉端焼き店の消灯間際
とあるビルの4Fに大きな炉端焼きが店を構えていた。結構な人気店で芸能人も時々訪れる。魚や野菜を焼く網の周りに40席、それが二箇所あり、それぞれに板前が3人ずつついている。そしてテーブル席は、6人がけ席が2つずつで2列並んでいるようなかなり大きな炉端焼きの店である。
午前2時、やっと閉店の時間だ。暖簾を引っ込め、余った商品の魚を冷蔵庫に格納し野菜類はお店の端っこの比較的涼しい場所に集めて箱で保管する。ブラシで床掃除をした後綺麗に水をまく。板前は一斉に包丁を研ぎ始める。大体一人当たり5-6本の包丁を毎日研いでいる。柳葉包丁などは毎日研いでいるといつしか短くなってしまい、まるでフルーツナイフのようになってしまう。そうなったら、野菜などを綺麗に見せるための飾り包丁としての役割に変化することもある。大半は、新人の練習用の包丁になることが多い。炉端焼きのそんな一日が終わる頃、どこからともなく音が聞こえてくるようになる。慣れないとちょっと怖い。
残っている店員は、明かりを薄暗くして息を潜める。製氷庫から取り出した氷を手元に準備している。
ガサガサという音がし始める。音がする方をしっかりと確認し、目に見えた瞬間、全員で一斉に氷を投げる。氷を投げるのは溶けてしまうので後始末がいらないためだ。うまくいくと、ギュッという声と共に、その場にうずくまる物体を確認することになる。大きさは大体30センチ弱なのでかなり大きい。しかし、うまくいく日は極めて少ない。
正体は、夜な夜な餌になるような商品を漁って食べて太ってしまった、都会のネズミだった。
初めて見た時は驚いたが、ネズミも賢くなって鼠取りにかからなくなったとのこと。それ以来、人間対ネズミの戦いが氷という飛び道具を使って、夜な夜な繰り広げられるようになっていったのだ。今ではすでに餌となるようなものはネズミが食べられないように片付けてはいるが、匂いに誘われるのか暗くなるとどこからともなく現れてくる。
冷静に考えるとネズミ駆除のためならは、こんな効率の悪い方法を使う必要はない。ネズミが食べられないように対策をしておいて、この小さな戦いを楽しんでいるかのようだった。戦績は圧倒的にネズミ側の勝利の方が多かった。だからと言って、店員は追加の対策をするわけではなかった。はなから全てを駆除するつもりはなかったのかもしれない。
しかし、ストレス解消の手段にはなっていたように思う。
今だったら、衛生管理上、大問題になりそうである。
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