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人格詐称 第五章

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第五章 裏付け捜査


 女性の水死体が湯河原で見つかり、湯河原署に捜査本部が設置されていた。着衣の乱れや外傷がないということから事故または自殺のどちらかだろうということで、捜査員は五名程度がアサインされていた。捜査員の大半はどう見ても自殺だろうという見方をしていた。女性が履いていたジーパンからはスマホも見つかった。それ以外の身分証明書などは見つからなかったが、スマホが読み取れるようになって女性の身元も判明した。今村くるみという三十歳の女性で平塚のアパートに一人で住んでいて近くの市立病院で医療事務を担当していたようだ。勤務態度は非常に真面目て貯金が趣味のような女性だった。しかし、警察の調べたところによると、貯金残高はほとんど残っておらず、何回も引き出された形跡が確認された。しかも、引き出しているのは今村くるみ本人であることも銀行のATMの防犯カメラで確認できた。

 合わせて、鑑識がラインのメッセージに辿り着き、「あなたに騙されたことが悔しくて仕方ありません。これから死んであなたを呪います。さようなら」というメッセージを見つけた。これが決定的な動機だとして、捜査員たちは自殺と断定して裏付け捜査が始まった。全財産を騙し取られた三十歳の女性が絶望して自殺したのだろうという見方に誰一人反対はしなかった。あとは、このメッセージの相手を探し出すだけだ。住所録からその男の名前は、岡田隆二だと判明した。早速、捜査員は今村くるみのスマホから電話をかけてみた。もちろん、逆探知も開始していた。

「もしもし、くるみか。変なメッセージが来たから驚いたよ。急に店を飛び出して行ったままだったから。おい、くるみ」
「こちらは神奈川県警です。今はくるみさんのスマホからあなたに電話しています。岡田隆二さんですよね」
「は、はい。そうです。警察、で、すか」
「ええ、そうです。これからお話を伺いにいきたいと思いますので住所を教えていただけますか」
「えっ、これからですか。ちょっとこれからは都合が悪いのですが」
「まずは住所を教えてください」

 プーップーップーッという音に変わってしまった。おそらく何か後ろめたいことがあり、逃走しようとしているのだなと判断された。

 逆探知の結果、西新宿のアパートだと判明した。捜査員は新宿警察に連携し身柄確保を依頼した。連絡を受けた新宿警察は、すぐに向かって行ったが、すでにもぬけの殻だった。しかも、調べてみるとそのアパートを借りているのは、岡田ではなく木村郁夫という人物で、確認すると、二年前に失踪届が出されている静岡出身の失踪当時五十六歳の男性ということが判明した。このアパートを借りたのは二年半前だったようだ。何やら、事件の匂いがしてきたのである。部屋の中には身元を示すようなものはなく、本当に生活をしていたのかさえ疑いたくなるような部屋だった。着替えや食器もない。タオルや布団もない。バスルームは無いのでおそらく近くの銭湯に行っていたのだろう。洗濯機もないからコインランドリーの利用だったようだ。そうなるとDNA採取や指紋採取も困難に思われた。案の定、木村郁夫の痕跡は採取されたが、岡田隆二の痕跡は皆無だった。考えられるのは、帽子を被りシュラフを使ってただ寝るためにこの部屋を使っていたのか、連絡のためだけに使っていたのかもわからなかった。ただ、家賃に関しては木村郁夫というコメントが入った振込で一年間分が前払いされていたのである。当然、大家としては何も気にしていなかったのだろう。

 新宿署では、岡田隆二を結婚詐欺の疑いで手配することにした。しかし顔写真がない。今村くるみのスマホにも写真が入っていなかった。湯河原署の大越刑事は平塚の今村くるみのアパートに急行し、室内を確認し始めた。一台のノートパソコンがあった。立ち上げてみると、パスワードはかけられておらず、Windowsが立ち上がってきた。写真を確認する、今村くるみと一緒に写っている男性の写真がたくさん出てきた。おそらく、写真をパソコンに移動してスマホからは削除していたのだろう。同じ顔の男性が多く現れほとんどがツーショットということで、間違いなく岡田隆二だと判断され、新宿署と連携した。新宿署の刑事による写真の男をさがす聞き込みがはじまった。

 新宿署の小林徹二刑事は、歌舞伎町で一件の有力情報に辿り着いた。どうやら歌舞伎町のホストクラブの男性に似ているというのだ。小林刑事は、アムールというホストクラブに行った。逃げられるとまずいので、密かに入り口を見張ることにした。相棒の一村茂樹刑事は裏口に回っていた。午後四時過ぎになって、ホストが出勤し始めてきた。じっと一人一人の顔を確認していると、やっと岡田隆二がやってきた。おそらく偽名だろう。裏に回っている一村刑事に連絡をとり、踏み込むことに。岡田がドアを開けて中に入った瞬間にすかさず二人の刑事は店内になだれ込み、岡田を捕まえた。

「岡田隆二だな、参考人として事情聴取する。電話をかけた時に逃走したので公務執行妨害での逮捕となる。署まで一緒に来てもらうよ」
「うわっ、何すんだよ。だれだよ岡田って。俺は平田実だ」
「今村くるみさんの件で君に話を聞きたい。大人しく我々に同行して警察署までくるならば何もしないよ」

 店内では、先に出勤してきていたホストたちが何事かと見守っていた。しかし、平田はナンバーワン・ホストだったので、他のホストは内心では逮捕を喜んでいた。平田も観念したのか大人しくなり、新宿署に刑事と一緒にいった。新宿署では、取調室にいれられ小林刑事による聴取が始まった。

「岡田隆二こと平田実。今村くるみさんを知っているな」
「あぁ、ちょっと遊びで付き合ってやった女だよ。それがなんだよ」
「まだ、ニュースを見てないようだが、今村さんは死亡したよ」
「えっ、まじで。俺じゃないよ」
「ほぅ、何が違うんだ。まだ何も言ってないぞ」
「いや、そうじゃない。死ぬってラインが来たから驚いただけだよ」
「お前は今村さんからかなりの金額の現金を騙し取っていただろ」
「それは勝手にくるみが貢いでくれてただけだよ。新宿の店で」

 どうやら、今村くるみは新宿のホストクラブに通い詰めていたようだ。そのために有金全部を使ってしまったようだった。やはり、自殺の線が濃厚になった。

 そのころ、湯河原署の大越刑事は今村くるみの部屋から持ってきたパソコンを鑑識に回して調べてもらっていた。その結果、どうも貯蓄額と給与が釣り合っていないことが分かり、パソコンの中のメモと予定表を調査したところ、どうやら病院の医療事務を実施する傍ら、医療器具や薬品の購入を水増ししていて差額を着服していたことが判明した。業務上横領だった。かわいそうなことに、死者でありながら有罪となってしまったのである。これから、今村の両親は賠償責任を負うことになるかもしれない。被害額は約二千万円に上っていた。ほぼ五年間かけての横領だった。結婚詐欺ではなかったということで平田実については、今村くるみのことに関してはそれ以上の追求はなかったが、住んでいたアパートについての追求が始まった。

「お前がいたアパートは、借り主は木村郁夫という人だな。お前との関係を教えてくれるか」
「なんのことだよ。俺が住んでいるのは、新宿7丁目のマンションだよ。アパートなんて知らないな」
「ほう、木村郁夫が借りていたアパートには、お前のものと思われる髪の毛と使っていたと思われる湯呑みもあったぞ。すぐに鑑定しようか」
「そんなものある訳ないさ。寝泊まりには使ってなかったから、あっ」
「語るに落ちたな、さぁ正直に言ってもらおうか」


つづく


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